2013年05月22日

覚醒瞑想トランスのすごさ、時間の観念を超越 岩波先生の瞑想魔法

岩波英知先生の覚醒瞑想 脳を覚醒させる方法

嘘としか思えない 覚醒瞑想が一瞬で全瞑想の実感を超えてしまう


覚醒瞑想トランスが深まれば深まるほど、体験者は時間の観念が吹っ飛びます

1秒が1日に感じ、10秒が10年に感じるぐらいにです。

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あり得ないと思うかもしれませんが、鬼才岩波先生の誘導してくれるトランス状態は、時間の観念を飛び越えてしまうのです。

それは同時に脳の可能性と凄さでもあります。

私もあなたもその脳を持っていますので喜んでください。

脳の神秘性と可能性については岩波先生がホームページで書いてくださっています。
岩波の言葉・講演集 脳の神秘性と可能性
ぜひ読んでみてください。

人はここまでのことが実際に出来るのです。

たくさんの脳の神秘性についての話や、覚醒瞑想や脳覚醒トランス状態についてのすごさについて書かれてあります。

他にも様々な人生に一番大切なことを書いているので、読んで損はありません。
違う世界や発想があることを知ると思います。岩波の言葉・講演集(こちらをどうぞ)

時間的観念が超越する脳の神秘性が引き出されます

さて、瞑想トランス状態に入る際、一瞬意識が飛んだ時、それはほんの数秒のことなのですが、それが永遠に感じられてしまうのです。

ある人は3時間といい、ある人は3日といい、ある人は3年経ったと感じると言います。

もっといくと、別の人生を送り、戻ってきたという感想もあります。

50年とかそういう次元です。

たかが数秒に、それだけの実感があるのです。

行き過ぎかもしれませんが、数回人生を繰り返したという人もいます。

これはありえません。

普通の瞑想の方法ではそこまではとてもじゃありませんが行きません。

かくいう私も覚醒瞑想トランスが毎回深まるごとに、信じられないかもしれませんが、人生を一回送ったぐらいの時間的観念がずれていました。

とにかく不思議でなりません。

脳は時間を超越するというのは本当でした。

岩波先生のトランス呼吸法についてのちょっとしたコツ

余談ですが、家で呼吸法をやる際に、時間がえらく経ったな、と思うことがあります。

それはその時間だけ寝てしまっていたからです(笑) 

私もよく寝てしまっていましたが、これは普段のストレスと関係があるようです。

すぐに睡眠に持っていかれる人は、心に負担がかかった状態で生きていて、瞑想に取り組む時、すぐ防衛本能から睡眠を選んでしまうのです。

これについては後日書いていきたいと思いますが、睡眠は瞑想状態ではありませんし、瞑想をして寝ていたのでは、訓練はちっとも進まないと思っていいと思います。

上質な変性意識の中でまどろみ、脳をその感覚に浸らせることで、脳が進化していきます。

ただし呼吸法をしていて変化を感じなくても構いません。

焦る必要もありません。

ここであせらずに淡々とやることが上達のコツなんですが、無意味に思える呼吸法となってしまっても、必ず心身と脳にいい影響を与えています。

それは岩波先生誘導の瞑想トランス状態に入った時に、その成果がわかることでしょう。

落ちこぼれ瞑想坊主でも神秘で魅惑的なトランスを味わえる

話がそれてしまいましたが、なぜたった数秒の出来事が、それほどまでに永遠の時間と感じられるのでしょうか? 

永遠の時間と書きましたが、大げさに書いているのではなく、トランスの感覚が深まり、訓練で脳がそれを覚えた人は、そこまでいってしまうのです。

なにも何十年の修行もしないで、そこまでいくことは信じられないことでしょうが、実際にある話です。

この落ちこぼれ瞑想坊主の私ですらなれたのです。

この座禅にしてもどんな瞑想法をやっても、必ず雑念にとらわれ、体の節々の痛みや違和感にとらわれつづけた男がなれるのです。

だから、瞑想や坐禅などを修行してきた人ほどいい意味でショックを受けるといわれる所以です。


生きてきた本当に良かったという生命体験

私は時間的な感覚が吹っ飛び、まるで別の人生を歩んで自分に戻ってきたことを経験し、まさに永遠の時間旅行をしてきたかのような感覚でした。

そのときの感覚は、非常に喜びに満ちた、信じられないありえないすごい感覚体験でした。

何と言いますか、私の全生命が至福感で打ち震えている感じです。

生まれてきたよかったと真に思えました。

まさに生命的肯定感を味わえました。

非常にダイナミックな恍惚感と言ったらいいでしょうか。

その感覚は岩波先生に誘導されて、毎回違っているのがまた驚きです。進化しきます。

初期を除いたら、トランス体感は一つとして同じような感覚はありませんでした。

ちょっと想像がつかない方にすこしでも想像できるように解説すると、例えば、ものすごい爆睡をして、たった10分寝ていたのに、まるで一日以上も寝たような感覚を味わったことはなかったでしょうか? 

普通の睡眠の質がはるかにいい時、すこしだけ時間的観念が狂ったりします。

それがほんの数秒で、五十年、百年経った感覚を生で味わえてしまうのです。

比較する材料が睡眠なのはちょっと材料不足かもしれませんね。

人間の睡眠を何万倍にも深めた究極の睡眠(超覚醒瞑想状態・超トランス状態)といえば、少しは想像がつくかもしれませんが、こればっかりは体験した人じゃないとピンと来ないと思います。

文章では決して伝えられないのが残念です。

岩波先生が鬼才なのは誰でも誘導できる能力にあります


だけど実際にあるし、誰でも時間を置かずそうなれます。

瞑想状態に深く入る才能の有無も、最初の段階で差が出るだけで、やり続けていけば、誰であっても私であっても瞑想の達人になれます

その瞑想トランス状態の体感は、時間的観念を飛び越えた、それこそ神秘的宇宙的体感なのです。

まさに宇宙的であり神秘的です。

奇跡的体感とも言えるでしょう。

あり得ないことが起きることから言っても奇跡と書いても大げさではありません。

まさにそうなのです。

世界で最も深い瞑想状態を味あえないことは瞑想人生最大の損です

私は座禅を通した瞑想で、時間的観念を飛び越えた経験はあまりありません。

あっても、たまたま(二度とありませんでしたが)無我の境地にうまく入った時、数時間が数十分ぐらいに感じられたことぐらいでしょうか。

何より私の時間的感覚のズレの最長記録は、瞑想状態から、いつの間にか質の良い睡眠に持っていかれて、20分の睡眠が一日以上に感じられた時でしょう。

確実に岩波先生の覚醒瞑想トランスを経験した人は、世界で最も進化した瞑想状態を味わえる人たちです。

私はそのことについてとても誇りに思っています。

自力での瞑想にも精神統一にも応用できます

そして、さらに凄いのは、その感覚を脳が知ってしまったため、今度は自分自身で引っ張り出すことができる点です。

岩波先生の誘導時ほどではありませんが、はるかに数十年の修行を自分自身でもすぐに超えてしまうのです。

何度も言いますが、これは実際にあることなのです。

人の脳の可能性はどこまであるのでしょうか?

10回で40万円という料金ですが、世界の秘境で瞑想体験をしてきても、東京、大阪でたった一回受けただけで、はるかに超越した価値が全身で味わえますから、安いものだと思います。

全記事紹介 興味ある記事に進んで下さい

左向き三角1瞑想坊主の自己紹介 

左向き三角1スティーブ・ジョブズ氏と瞑想と…… 

左向き三角1瞑想の危険性について2 うつ病…… 

左向き三角1瞑想とは理性の限界をはっきりと…… 

左向き三角1瞑想トランス状態の原始的感覚 

左向き三角1脳覚醒体験 悟り的気づきと岩波…… 

左向き三角1瞑想による悟りに至る唯一の方法 

左向き三角1瞑想トランス状態のすごさ、時間…… 

左向き三角1脳内麻薬が噴出した瞑想状態の劇…… 

左向き三角1瞑想トランスは本能に火をつける 

左向き三角1理性では捉えきれぬ誘導瞑想トラ…… 

左向き三角1瞑想トランスは危険ではない 逆…… 

左向き三角1瞑想の危険性について 

左向き三角1瞑想は心の掃除 心の栄養補給 

左向き三角1悟りと気づきと瞑想トランス 迷…… 

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左向き三角1瞑想による真理到達を可能にする…… 

左向き三角1脳に魔法をかけられる岩波先生と…… 

左向き三角1瞑想の効果を劇的に向上させる極…… 


posted by 寺島サンガ at 20:22 | Comment(0) | 覚醒瞑想トランス体験のえらい効果
2013年03月22日

覚醒瞑想トランスは本能に火をつける 死んでいた本能も生き返る

覚醒瞑想トランス状態のすごさと岩波英知先生誘導技術の紹介

理性優位になりすぎる現代社会


私達坊主もそうですが、一般の方もみな理性を大事にして生きています。

理性は人を賢くします。

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しかし、過ぎたるは及ばざるが如し、と言いますように、理性があるすぎることも様々な弊害があります。

一番は本能と理性とのバランスが整っていることでしょう。

私について言えば、坊主のくせに感覚的なもの、感じる心が弱かった気がします。

いや坊主だからこそ、理性的な部分を強化してしまったのかもしれません。

とにかく私は理性が強い方でした。

それが私が生きていく上で、大きなパワーロスとなっていたことは間違いありません。

理性人間を打ち破るには深い瞑想状態に入ること

とは申しましても、理性を自分がどれほど使って、パワーロスを生じさせているかは、深い瞑想状態に入らないとわからないのです


困ったことに、そういう人ほど自力で深い瞑想状態に入れないというジレンマが生じます。

そこが座禅や瞑想の一番難しいところです。

理性に頼らないことに気づくことができれば、瞑想もうまくいくことはお約束しますし間違いないことですが、それまでの道のりは大変なのです。

パワーアップする方法 本能に火をつける

今回は理性と対極たる本能についても書いていきたいと思います。


本能をむき出しに生きることは、悟りの道の一番程遠いことかもしれませんが、実は瞑想は本能に火をつけることができるのです。

誰もが自分をパワーアップしたいと思っています。

しかし、パワーアップとは理性がパワーアップすることではなく(これは火消しの役割です)、本能がパワーアップするという意味です。

理性は本能をがんじがらめにしてパワーも落としてしまいます

ですので、理性が発達しすぎると、せっかくの本能についた火を消してしまいます

本能は感情です。魂です。人間の最も大事なものです。

魂が強い人は、本当にたくましいです。

生きている実感が強いのです。

理性が強すぎる人は、器まで小さい感じがします。

生きている実感も少なくなるのも理性のマイナス面です。

私は理性に頼りすぎ、物事を利得で判断しすぎていました。

その器の小ささが、結果的に何事も思い通りに行かないことにつながったと思います。

覚醒瞑想で自分の能力を制限してきた原因がわかります


薄々気づいていたことが、瞑想が深まるにつれて、初めてはっきりと気づくことができました。

同時に本能のパワーがどれだけ私に欠けていたことにも気づくことができました。

そして本能を大事にする生き方(坊主にあるまじきことですが)を心がけてから、今まで私を制限していた枷が次第に外れていったのです。

坊主の私が本能の大切さを説くことは、本来間違っていることかもしれません。

しかし、本能を大事に今こそ生きるべき時だと思うのです。

理性が強いと本能は小さくなり、本当がむき出しになると理性は小さくなる。

この相反する問題を解決することが、実は人生なのかもしれません。

そこで瞑想は心のバランスを絶妙に整えてくれるでしょう。

断捨離 「理性」を捨てられた人間は幸せに生きられます

一般に世の中では、本能は悪徳だと教えられます。


いわゆる煩悩もそうです。本能と密接に関係しています。

我々坊主も理性の大切さを説きますが、理性の役割を小さくして行かないと瞑想はうまく行えない矛盾を持っています。

瞑想をやっている人ならよくお分かりでしょうが、理性は、瞑想状態に入る最も大きな妨げになるのです。

つまり、理性をうまくコントロールしなければいけないということです。

都合のいい時に理性を使う、必要ないときは捨てる

これができる人が、大きな見返りを得られるのです。

いつでも頼ってしまう人と、必要な時に使える人では、大きな差が生じます。

理性を捨てられた時に、本当の理性の素晴らしさがわかり、使いこなせるようになるのです。

深い瞑想状態に入れば本当の自分を発見できます

さて、理性を少なくすればするほど瞑想状態が深く入ります。


そうなると、本能の役割が大きくなります。

本能とは人間の原始的なものですので、感情や欲望と密接です。

ですから、瞑想状態が深まると、自分自身に対して素直になれるのです。

理性という虚飾を剥ぎとった自分になれます

瞑想をやっていいところは、そんな自分に出会えるのです。

これはとても楽です。

てらいも虚飾も演技もない、素の自分です。

心が落ち着くのはそういうことだからでしょう。

私はそんな自分に出会った時、本当に瞑想をやってよかった、と思います。

『私は私である』この思考に行き着くのです。

『私は私のままでいていい』となるのです。

本当に心の重荷がとれたように楽になりました。

心を抑え込んで生きるとストレスと鬱憤が溜まり毒が放出されてしまいます

だからこそ、私は本能を大事にした生き方をしなくてはいけないと思っています。


あまりに自分を抑え込んだ生き方は、自分に毒になるばかりでなく、周りにも毒を吐いてしまいます。

これは覚醒瞑想誘導の鬼才岩波先生に教えられたことでもあります。

なぜ毒を周りに与えてしまうのでしょうか?

自分に満足できないからです。

自分自身が信用ならないからこそ、他人も信用できなくなります。

イライラします。そこで嫉妬や歪んだ欲望が生まれるのです。

本能を満たせられる人間の多幸感とやる気のエネルギー

このブログの本題、覚醒瞑想トランスに話を戻しましょう。

さほどに理性は時として自分自身への毒となって返ってくるのです。

だからこそ、深い瞑想トランスに入ることで、心のバランスを得なくてはいけません。本能を満足させなくてはいけません

本能をは気持ちいい感覚を好みます。

そうです、瞑想トランスでいくらでも本能に気持ちよさを与えることができるのです。

そうなると本能は満足してくれます。

だから、いらだちや不安感が少なくなってくれます(同時に抑圧を開放してくれる役割もある)。

満足した本能は次にどんな事になるでしょうか。

覚醒瞑想トランスは、本能と直接対話ができます。

そのとき考えたこと、思ったことが、素直に本能に届いてくれます
(理性はそれをシャットアウトしてしまうのです)

最も深い人間の原始レベルが活性化します

例えば岩波先生の作り出す覚醒瞑想トランスは、その余韻の時に、まさに本能の圧倒的なパワーを実感できます。

本能というと、様々な欲望が上に上がってくる、と捉えそうですので、言葉を言い換えますと、己の情動が活発に動いているのです。

全五感が非常に研ぎ澄まされているのです。

脳科学で言いますと、脳内伝達物質がほとばしっているのです。駆け巡っています。

この感覚はすごいです。

感動と驚きに満ち満ちた感覚です。

それが脳も全身も支配します。

究極の気持ちよさです。

脳の一番深い原始の回路が開いてくれるのです。

その時、はじめて己に言葉で言い聞かすことができるのです。

なりたい自分、それでも壁となっている自分に説き伏せることができるのです。

どんなありがたい高僧の教えすら届かない心に、ダイレクトに響き渡ります。

これが『本能に火をつける』なのです。

深い瞑想状態は理性を失うのではなく理性も鋭くなります

しかし、心配なさらないでください。


特殊な意識の流れ(覚醒瞑想トランス)が続くのは、限定されています。

次第に理性的な自分に戻ることができます。

しかし、訓練によって、いつでも瞑想状態に近い状態で本能に刺激を与えることで、理性と本能のバランスがとれるようになるのです。

それが逆に理性を使いこなすことにもつながるのです。

ですから、覚醒瞑想トランスの可能性は、まだまだ私が思っている以上に無限に広がっているに違いません。

それは岩波先生も良くご存知のようで、脳覚醒技術をより進化させるために常に研究しているそうです。


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posted by 寺島サンガ at 06:23 | Comment(0) | 座禅瞑想坊主の自己紹介
2013年03月14日

トラウマも苦悩も覚醒瞑想トランスが深まれば解決していきます

トラウマと感動 浅い瞑想と深い瞑想と岩波先生の覚醒瞑想トラウマと感動、どちらの道に歩めるのでしょうか


生きていれば、突き抜けた感動、常識を超えた驚きが、いくつかあると思います。

しかし、一度あるか二度あるかの人もいれば、何度も味わっている人もいます。

また一度も味わったことがない人もいます。
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この生命を震わす感動や驚きがいいものだったらいいのですが、逆に恐怖の体験、悪い意味での驚きだけを味わっている人もいます

いわば苦悩の火に焼かれ続ける人です。

だからこそ仏や神にすがるしかないのですが、またその人達の救済こそ宗教の使命とも言えます。

宗教や仏教の話をここでは置いておいて、苦悩に取り憑かれた人は感動が少ない状態です。

その人が感動できるようになるためには、どうすればいいでしょうか?

根本から断ち切らない限り苦悩は苦悩をおびき寄せてしまいます

仏のご慈悲によって、生きていてよかったと思えるのならそれに越したことはありませんが、現実問題として苦悩を抱える人は、更なる苦悩を呼び込む人生になっているようです。

私も恥ずかしながら坊主の身でありながら悩みの連続の人生でした。

苦悩はその人の人生そのものが引き起こしているものです。

あえてここでは前世がどうとはいいません。

私は坊主の端くれですが、前世が、来世と言いたくありません。

現世のことは現世で解決すべし、と思う人間であります。

今ここに生きていて、この世界で実感を伴って生きている以上、前世だの来世だのは逃避だと思っています。

トラウマと苦悩で楽しめない人はもっと楽しめなくなります

さて、心理学で言うところの大小のトラウマが、その人の苦悩を作り出します。

そういう人は、感動しなくなっていきますし、心が死んでいきます。

そして不安だけが取り憑き、さらなる苦悩を呼び込む悪循環にはまっているのです。

楽しめない人がどう頑張っても楽しめるはずがありません。

楽しめない人ができることは、楽しめないことだけなのです。

そんな人に「楽しんだほうがよろしい、世の中は喜びで満ち溢れています。今のあなたは幸せなのを知らないだけ」といっても、意味がありません。

私もそんなお説教をされたら、腹立たしくなります。

実際上から目線でそんなことをされたことがありますが、その時はその坊主頭を手形がつくほど叩いてやろうかと思ったくらいです。

修行が足りない証拠ですね・・・・・

前置きが長くなりましたが、上のアドバイスは理性によるアドバイスです。

理性は何の心に波紋を呼び起こさぬものなのです。

理屈が入り込む余地がない覚醒瞑想トランス

しかし、覚醒瞑想トランスの余韻が続いている状態で聞くアドバイスは、不思議なことに心にダイレクトに響きます。

トラウマも処理できるほどの奇跡体験なのです。

理性では効果が出ない言葉でも、瞑想トランス状態、いわば理性で捉えきれぬ圧倒的な体感を伴う意識の流れでは、心が素直言葉を受け入れてくれるのです。

この時、経験されている方は大きく頷くとおもいますが、圧倒的な感動と驚きの世界を体感できます。

生命が躍動する体験と言っていいでしょう。

ひたすら感動と驚きによって打ちのめされる瞑想トランス体感は、自力でも味わえますが、やはり岩波先生に誘導されたほうが圧倒的です。

これは感動が少なくなっている人、いわば苦悩に取り憑かれている人でさえも、すごい感動を味わえるでしょう。

苦悩に満ちた脳も苦しみが抜け出ていき歓喜の脳を味わえるようになります


どちらかといえば最初は驚きの要素が強いですが、いずれ強い感動を伴うことになるでしょう。

覚醒瞑想トランスの質はどんどん向上していくのです

このことだけでも、苦悩による感動を知らない脳と心の奥底に感動をダイレクトに味合わせることができるのです。

いくら「元気を出しなさい。あなたよりも苦しんでいる人はいるのです。あなたは実は恵まれているのです」と言われても反発するだけなのに比べ、言葉は要らない、生きていてよかったと思わせる方法なのです。

そして、感動を大きく味わった人が、自力での瞑想トランス状態に入ろうとした時、やはりとても幸せな感覚を引き出せるようになります。

根底から自分に好影響を与えられるようになります

もちろん訓練は必要ですが、理屈では不可能な本能に密接な感動のスイッチを押せるようになるのです。

楽しめない人は何をやっても楽しめませんが、それは理性が邪魔をし、また心が不安と苦悩しか寄せ付けないからなのです。

しかし、それよりもはるかに深い世界から、心の底にアプローチする方法によって、心の琴線を大きく弾くことができます。

そんなことはあり得ない、という人もいるでしょうが、きっぱりと言います。

実際にあります。

岩波先生の誘導(先生の研究所:Dream Art Laboratory)を受ければ、過去瞑想をしている人や修行をしてきた人は、必ず体験できることでしょう。

理性で捉えられることは実につまらないことばかりです。

浅いことばかりです。

何よりも感動が伴いません。

瞑想の世界は思っている以上に深く広く尋常では無いのです

しかし、人の心は深く深く深く内側に掘り進めることができるのです。

昔より座禅や瞑想や修験道などの精神修行によって、人々はチャレンジしてきました。

その中の天才だけが到達できた世界に、簡単に(といったら語弊がありますが)、誰でも誘導され到達できる方法があるのです。

その感動は、感動が少なかった人でも、すぐに、あるいは次第に、今まで味わったことがないあり得ない感動体験ができるでしょう。

決して誇大妄想な話ではありません。

私も実際に体験を何度もしていますし、世界中から日本中から岩波先生のもとに通ってくる人が体感していることなのです。

理で捉えられる世界での常識という物差しで、受けてもいないのに覚醒瞑想トランスの価値をはからないでください。

世界は考えている以上に深く高く広いものでした。

尋常ではない感動と驚きに満ち溢れていました。

瞑想法をやり続けてきて、この感動を体験していない人は人生の大きな損失だと思います。

決して上から目線で言っているのではなく、それぐらいすごい驚きの連続の体験だということを言いたかったからです。

申し訳ありません。


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左向き三角1理性では捉えきれぬ誘導瞑想トラ…… 

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posted by 寺島サンガ at 06:46 | Comment(0) | 覚醒瞑想トランス体験のえらい効果
2013年03月10日

瞑想の危険性2 覚醒瞑想トランスは危険ではない 究極の至福感覚

瞑想の危険性と魔境 悟りを開く方法と岩波英知氏の覚醒瞑想

瞑想は危険!? 瞑想の魔境の恐怖!?


瞑想はある局面だけを捉えますと、感情的な発散が思わず出てしまった人を見ますと、あたかも狂ったかのように思えることがあります。

これは殊に感情的に高ぶりやすい人、昔の言葉で言うヒステリー性の人、感受性が強い人で、心の深い感情的な抑圧を抱えている人がなるものです。

座禅や瞑想の合宿をやっていると、そういう人がいることは確かですし、瞑想が危険とか瞑想の魔境に入ってしまったと表現される人もいます。

しかし、そういう心の平穏とは程遠いところにいる人ほど、瞑想をやったほうがいいと私は思っています。

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潜在意識の抑圧解消の劇的効果を与えてくれた覚醒瞑想

瞑想は私達の潜在意識や無意識との対話です。

潜在意識、無意識には様々な押し込んできた抑圧が渦巻いています。

それも感情の渦です。

感情の抑圧というくらいだから、悪い感情ばかりで人間が平静に生きるには邪魔なものばかりです。

だから潜在意識、無意識の世界に押し込めてしまう心の働きがあります。

坊主たる私も平静に生きるにはちょっとどころじゃない心の重荷を抱えていました。

私はものすごく深い覚醒瞑想トランスに入った時、初めて衝撃的に実感したことが、私は誰よりも抑圧を貯めこんで生きてきた人間なのだとわかったことです。

一見端から見ると、私は悩んでいなさそうに見えるタイプだそうです。

しかし、坊主、僧侶という職業柄、悩みを抱えているように見えてはいけないため、自然と平成を装う演技が身についてしまったからです。

また子供の頃から、本心を人に見透かされるのが嫌だったこともあるでしょう。

抑圧感情を溜めて生きてきたことが覚醒瞑想ではっきり悟れた

その実、私は不安や鬱屈とした感情を無意識の世界に溜め込み続けていたようです。

ですが、いくら無意識世界に抑圧を貯めこんで平静を装っていても、無意識は簡単に意識世界を侵略してしまうのです。

その一番身近な例が夜見る夢の世界です。

理性が外れた時、悪夢を見たりします。

急に生きていることが空恐ろしくなったりします。

私もそういうことが多い人間でしたので、感情的抑圧とは密接に生きてきたわけです。

それが私の心の脆さにつながっていたわけです。

悪い感情抑圧を解放できないと悲惨なことになります

そのことを深い深い瞑想状態に岩波先生に誘導されたり、自力での覚醒瞑想トランス状態で、初めて実感できました。

実感でき、しかも溜め込んだ抑圧が瞑想状態に入るために抜け出ていって、すごくホっとできました。

心が洗われるくらいホッとした実感があるから、抑圧が抜け出たのを感じたといったほうが正解かもしれませんね。

坊主も聖職者も高貴な方々でさえ、我々は普段から平常に暮らすために、無意識に不都合な感情を押し込めているのです。

時間が経てば、無意識の中で処理していくものもありますが、とても重い心の傷や長期間続いたストレスなどは、とても処理しきれません。

それでも意識の上でそれらは邪魔ですので、どうしてもグイグイと無理にでも潜在意識に都合の悪いことを押し込めようとします。

そうしないと日常生活がおぼつかなくなるからですが、抑圧し続ける限界が必ず来ます

感情はその莫大なエネルギー量があり、あまりに悪い感情を溜め込むと、精神崩壊が徐々に始まります。

鬱病、ストレス性障害、不安障害、自律神経失調症、心身症、不定愁訴などに悪化していきます。

さまざまな制御不能に陥った悩みにとらわれ、常に不安に苛まれて生きるはめになります。

薬の力で心の悩みを解消すると生きる力を失ってしまいます

ここまで来ますとお薬でも処理できません。

そこで安易に無知に薬に頼ると、一生薬に依存して生きることになります。

薬では表面的に逃避させるだけで、抑圧まで解決してくれないからです。

精神安定剤もドラッグも問題の根っこは解消してくれないからです。

効果が出ても出なくても薬に依存し、脳が侵されていく悲惨な状況に陥ってしまうのです。

ですから、心で無意識との対話をする必要が出てくるのです。

それが瞑想や座禅やヨーガです。

ただし従来の瞑想法だと、なかなか潜在意識、無意識レベルには達しません。

悩まれている方にとって、雑念、悩み、強迫観念といったものが強くなるため、座禅にしても、ヴィパッサナー瞑想、超越瞑想などの各種瞑想方法でも、呼吸法をしても自律訓練法をしても、それらに邪魔されて、瞑想どころではないのです。


然るべき専門家のもとで瞑想をやる必要性


瞑想というものは、打ちのめされるぐらいの深い瞑想状態にならなければ、その効果を実感できません

とくに悩みを抱えている人は、体が異常に硬くなっています。

瞑想はリラックス状態が理想的なので、その点でも瞑想が一番必要としている人ほど、瞑想に入りにくい障害ばっかり抱えているのです。

ただし、その中でも感受性がとても強い人は、無意識に抑圧されたものが噴出していきます。

それが傍から見ると発狂しているようなヒステリックな感情的高ぶりにつながっているのです。

もしせっかく抑圧が表に出たのに、感情的な処理、抑圧処理を施さないと、その人のコンディションは悪くなってしまいます

だから、然るべき瞑想の専門家のもとでやらなくてはいけないのです。


深い瞑想で抑圧感情を解放させるか、抑圧をしながら生きるのがいいのか

表に抑圧が出たということはとてもいい事なのですが、一時的に嫌なことに直面することになるのですから、瞑想にて悪化した、危険だと短絡的に決め付けるわけです。

そのように決め付ける人は、瞑想を知らないか、やっていても深い瞑想状態に入ったことがないのだと思っています。

深い瞑想状態になればなるほど、その先にあるとても心が洗われる尊い体験を得られていないからです。

さらにもっともっと深くなれば、抑圧もトラウマも驚くほど抜け出ていってくれます。

その時のものすごく心が軽くなる体験は、まさに浄化です。

私も涙を流すくらいの心内の浄化を経験したことがあります。

ですので、中途半端でやめるのが一番もったいない、ということです。

瞑想を追求している人の数はとても多いのですが、どれも中途半端でお茶を濁している方が多いと思います。

この煩雑すぎる世の中で、瞑想だけに集中して取り組むことはなかなか難しい昨今です。


覚醒瞑想は人生を変えることになるでしょう


だから、私は岩波先生の瞑想トランス法(覚醒瞑想)をおすすめしたいのです。

あるお医者様が『脳の魔術師』『世界で最も進んだ瞑想体感』とブログに書かれてありますように、その瞑想トランス状態の体感は、「ありえない」ものです。

私は僧職で座禅や瞑想を毎日の日課としておりますが、はっきり書かせてもらえば、私の体感した瞑想状態の軽く1000倍は深いです。

とにかくすごいのです。

ありえないほどすごいのです。

私だけでなく受けた人誰もが口をそろえていっています。

これまでの瞑想法がこの時点で過去の遺物になった気がしました。

もちろん従来の瞑想法の意義はとても尊いもので、とても勉強ができます。

私もそれでどれだけ救われたことでしょう。

しかし、その先がないのです。

もっと深いものを提示できないのです。

ちょっと効果があったかどうかです。

結局、その効果も日常の辛く険しい日々の中で霧散してしまいました。


中途半端は何事でもいけないことです


ただ中途半端でやりたくない人は、必ず覚醒瞑想のトランスの体感をしてみてください。
気に修行した何年分も一瞬で超してしまいますから。

それだけすごい瞑想トランス状態なので、心に抑圧感情を抱えている人は、抑圧が表に出て、気分が悪くなったりします。

しかし、その時に適切に処置していくことで、驚くべき心の安定に繋がってくれます。

ですので、岩波先生の覚醒瞑想法を受ける方は、先生もおっしゃられている通り、主体性を持って取り組める人が受けたほうがいいです。

脳覚醒プログラムの他に、岩波先生は心理・脳内プログラムを何個も持っていまして、様々な悩みを抱えている方から、プロスポーツ選手、社会的地位の高い方向けのプログラムなどやっています。

そのなかで悩みを扱うプログラムは、あえて潜在意識の抑圧やトラウマを表に出すことで処置していくものですので、中途半端でやめないようにしてください。

また、前払い一括払いという料金システムなのも、そのためからだそうです。


覚醒瞑想に深さと質の限界はないようです

さて瞑想を突きつめたい人にとって、岩波先生の誘導した覚醒瞑想トランスを脳が記憶してくれますので、さらにもっと深い覚醒瞑想状態へと必ずつながっていきます。

なぜなら、一度すごい深い瞑想トランス状態を体感しているため、それがその人の瞑想状態の最低ラインになるからです。

それよりも決して低くなることはありません。

脳に退化はありません

もし体感が低く感じるならば、むりに瞑想状態になろうとしている焦りがそうさせているにすぎません。

焦っている自分、深く入りたい欲望にかられて意図的になっている自分を発見したならば、すぐさま捨て去って、初心に戻って呼吸法をしてください。

そうなると、すぐに深い瞑想体験が復活しますから。


悟りを開く一番の方法は覚醒瞑想にありました

瞑想トランスが深まれば深まるほど、様々なことが気づいていきます。

この気づきほど貴重なものはありません。

人間の根源的な気づきに近いからです。

言ってみれば、『プチ悟り』でしょう。

人間はプチ悟りを積み重ねながら、生きていくのだと思います。

しかし、理性を使って生きている人には、小さな小さなほんの小さな悟りもつかめないものなのです。

とても感覚的に研ぎ澄まされた状態になった人にだけのご褒美なのです。

そして、プチ悟り、気づきが重なるほど、心が洗われ、安定し、更に高みに己を持っていくことが可能になるでしょう。

posted by 寺島サンガ at 23:25 | Comment(1) | 瞑想の魔境の恐怖と危険性
2013年02月03日

瞑想の危険性について 瞑想による魔境に入らないために

瞑想の危険性と瞑想の魔境に入り原因

瞑想は危険なのでしょうか?


瞑想は危険かどうかについての考察をしていきたいと思います

感受性が豊かで、深い悩みを抱え抑圧して生きてきた人が、瞑想をしていて、急に感情が高ぶってコントロールが効かなくなる、ということがあります。

泣き出したり、喚いたり、イライラ感が噴出したり、と感情的反応を見せます。

しかし、これは瞑想が危険なのではなく、その人が爆弾を持っていたということになります。
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爆弾というのは、抑圧された鬱屈した感情です。

もっとひどいものはトラウマと呼ばれるものとなります。

心に傷を持っている人は、瞑想により理性の壁が取り払われた時、無意識に抑圧された感情が出てしまうのです。

瞑想の魔境に入る人の特徴と瞑想の素晴らしき効果


みながみな、そうなりません。

しかし、そうなることはあります。
これは事実としてそうです。

かといって、瞑想をやったから、女性が狂ったとか、危険性や凶暴性が増した、ということはまるで見当違いです。

もし瞑想をせずに、日々過ごしていても、その人は幸せに安心して暮らしていたかというとそうではありません。

つねに溜まっていたマグマが噴出しようとして心に悪さを与えているのです。

ですから、その人もそれを何とかして瞑想や座禅、気功、ヨーガ、様々なスピリチュアルなものに手を出すわけです。

逆に言えば、それらをして、その人の抑圧が表に出ないならば、それは威力がない、効果がないといえるのです。

効果があるからこそ、表に出る、ということを瞑想は危険だからやめようと思っている人や心配している人は知っておいてください。

受けなければ無事平穏に暮らしていけるのに、というのも間違いで、その人はどこかで心が暴発していたでしょう。

世界中で抑圧して生きてきた人間が、マグマが噴火した如く、無差別殺傷事件を起こしているのも、瞑想をしたからではなく爆弾がついに破裂してしまったということです。

ですので、瞑想で抑圧を表に出して取り除いていくことはとてもいい事なのです。

だから瞑想は指導力のある有能な専門家のもとでやるべきです


しかし、注意しなくてはいけないこともあります。

それは、ちゃんとした指導者のもとでやらなければいけない、ということ。

それも頼もしい人ではないといけません。

私の瞑想トランスの先生の岩波先生のようなたくさんの人生経験がある人ならば、たとえばある女性が気持ちが高ぶったとしても、すぐにその場でおさめてくれるでしょう。
(その岩波先生も
自力での瞑想や呼吸法の危険性を述べておられます)

瞑想中に抑圧が出てしまった人は、頭が混乱して聞く耳を持たないと思われるかもしれませんが、実は脳はしっかりと人の話を聞いているのです。

ただその人の声に反応するか、しないかの話です。

それが可能な人は、自分に自信があり、言葉に説得力がある人じゃないといけません。

ですので、深い瞑想に入った時には、信用できる人が近くにいたほうがいいです。

例えばお寺で座禅を組むならば、カリスマ性があるお坊さんが近くにいたほうがいいですし、かりに頭が「迷走」したとして、あたふたせずに元の状態に戻してくれる力強い人が最低限必要です。

内観も同じことが言えます。

瞑想は危険ではない、危険なのは抑圧した心の鬱屈した感情ということなのです。

そして、抑圧した心は溜め続けるといつか暴発します。

  瞑想・呼吸法を自力でやる危険性と変性意識の罠
  (こちらもあわせてお読みください。岩波先生の言葉集より)

posted by 寺島サンガ at 19:35 | Comment(0) | 瞑想の魔境の恐怖と危険性
2013年01月27日

瞑想の仕方 瞑想で心内を浄化、精神統一に至るやり方とは

瞑想の仕方と座禅のやり方 型にとらわれるな

瞑想の仕方と効果


瞑想状態が深まれば深まるほど、心内の悪いものが浄化され、健康にもいいし、心も洗われます。

そしてエネルギーまでも与えてくれます。

うまくいったら、いいことづくめです。

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瞑想は【真理への到達】【神仏との対話】という極端な方向にいきやすいですが、身近な効能について話していきたいと思います。

瞑想はリラックスを味わうことから始まります。

体が緩み、心が緩み、それらが深まることで、さらなる深い極楽な瞑想状態に入っていくのです。

ですので、心が落ち着きやすい姿勢で行なってください。

座っても寝てやっても私は構わないと思います。

座禅も瞑想法も型にとらわれすぎたら効果を失います

お坊さんの多くがやるのが座禅です。

みなさん、座禅瞑想を起こっている映像は誰でも見たことがあると思いますが、姿勢が崩れている人は後ろがから、ペシッと肩を叩かれています。

それを見ると、瞑想とは姿勢を絶対に崩していけないという強迫観念にとらわれているようです。

しかし、もっと瞑想は柔軟であるべきです。

岩波先生の誘導する覚醒瞑想トランス状態は、トランス呼吸法をストレッチ法をやってくるよう言われますが、特に姿勢に関しては、息が通りやすければいい、といっています。

息が通りやすい姿勢とはうつ伏せにならず、背中を丸めなければいい、ということです。

瞑想はかくあるべし、と窮屈に考えることはありません。

立っても、座っても、横になっても、瞑想状態に入るときは入るのです。

瞑想に形はありません

もし形をうるさく言っている瞑想法があるのならば、深い感覚を味わうことは難しいと思っていいと思います。

瞑想の仕方 型ばかり押し付けてくる瞑想法に振り回されてはなりません


瞑想なんてものは、瞑想状態に入れればそれで大成功なのです。

そして、どんな形であっても瞑想状態に入れます

この私でさえも、後ろからバシッと肩を叩かれそうな格好で瞑想や呼吸法をやっています。

昔の私は、形ばかりにとらわれ、それとの戦いに入っていました。

瞑想の大目的を忘れ、小さな小さな戦いばかりしていたのです。

そんな矮小化された瞑想では、深い状態に入ることなど不可能でしょう。

まずはとても心地よい感覚を味わえれば成功です。

それだけでも、気持は落ち着き、リラックスし、眠りも深くなります。

朝の目覚めも格段に良くなります。

とても気分よく一日過ごせ、心に栄養が補充された感じになるでしょう

とはいえ、脳には更に先がまだまだあるという認識も必要でしょう。

ただのリラックス感ではもったいないです。

瞑想の可能性を型にはまって制限するのはもったいないこと


瞑想の可能性は、あなたが考えている何万倍もあるのです。

私もそうでした。

岩波先生に出会って、私の小さな固定観念が氷解しました。

ここまで瞑想トランス状態には際限ないものだとは夢にも思わなかったです。

そして形にこだわりすぎていた自分の小ささにあきれはてたものです。

ともかく、あれほど脳も瞑想も無限の可能性に富んでいるのに、そこで立ち止まっては脳への冒涜です。

自分への冒涜です。

あなたの心内と脳の可能性はこれだけではありません。


小さな戦いで瞑想を深めようとする危険性

私はまだまだ若輩者ですが、少なくとも他のお坊さんが味わっている瞑想状態の何十倍もの深さを体験しています。

そして一人もがき苦しんでいた時に比べ、そこから付随し波及していく、さまざまな気づきや深い理解も得られるようになりました。

どうか小さい先のない闘いをしないでください。

何のために瞑想をしたのかということから考えますと、自分を矮小化させるためではないはずです。

もっと大きな目的があるからこそ瞑想を始めたはずです。

以上瞑想坊主の戯言でした。


全記事紹介 興味ある記事に進んで下さい
左向き三角1瞑想坊主の自己紹介 

左向き三角1スティーブ・ジョブズ氏と瞑想と…… 

左向き三角1瞑想の危険性について2 うつ病…… 

左向き三角1瞑想とは理性の限界をはっきりと…… 

左向き三角1瞑想トランス状態の原始的感覚 

左向き三角1脳覚醒体験 悟り的気づきと岩波…… 

左向き三角1瞑想による悟りに至る唯一の方法 

左向き三角1瞑想トランス状態のすごさ、時間…… 

左向き三角1脳内麻薬が噴出した瞑想状態の劇…… 

左向き三角1瞑想トランスは本能に火をつける 

左向き三角1理性では捉えきれぬ誘導瞑想トラ…… 

左向き三角1瞑想トランスは危険ではない 逆…… 

左向き三角1瞑想の危険性について 

左向き三角1瞑想は心の掃除 心の栄養補給 

左向き三角1悟りと気づきと瞑想トランス 迷…… 

左向き三角1本能を大切に生きる 座禅瞑想に…… 

左向き三角1瞑想による真理到達を可能にする…… 

左向き三角1脳に魔法をかけられる岩波先生と…… 

左向き三角1瞑想の効果を劇的に向上させる極…… 


2013年01月19日

悟りと気づきと覚醒瞑想トランス 迷いを断ち切る方法

悟りを開く方法と瞑想、座禅の仕方

覚醒瞑想が深まると悟りを開く脳に変化してくれます


覚醒瞑想トランス状態がある一線を越えると、今まで気づかなかったことを発見し、迷いだらけの心へ確固たる芯が確立されます。

理性の世界では到達不可能なことが、覚醒瞑想トランスの中で知恵を超えた偉大な深い意識の中で、実感として真理が見えたり、つかむことができます

悟りを開くことに似た直感がほとばしる状態です。

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これが瞑想をやる人が多く求めてきた『瞑想の果実』です。

迷いと悩みだらけの心が晴れ、すがすがしい感覚の中で真理を見る。

この生臭坊主の私でさえ、その瞬間に立ち会えた時、生命の躍動と感動に身が震えたものです。

感動だけ感覚だけの素晴らしき世界でした。

そうです。

迷いは考えても解決しないどころか、ますます混迷を深めさせてしまいます。

しかし考えることをやめることは至難の業です。

そこに瞑想や座禅といったものが、解決の糸口となると期待をよせ、修行に励むわけです。

しかし、迷いだらけの人が瞑想を行うこと自体、迷っている己を再認識するしかない結果に終わる可能性が高いのです。

瞑想や座禅が迷いを深める可能性

中途半端な瞑想は迷いを深めると私は思います。

だから瞑想の危険性を訴える人がいるのも、無理からぬ事だと思うのです。

私達は様々なしがらみの中で生きています。

生まれた瞬間からしがらみは始まり、成長とともに増えていきます


そのなかでどんどん己を見失い、迷いが増えていく。

これが悩みです。

迷うから悩む、悩むから迷う

この繰り返しで、精神的な健康が損なわれていきます。

ひいては肉体まで害されていくのです。

誰もが悩みたくないのに、悩みにとらわれる。

悩むと考え、それが迷いにつながる。

普通はこの中でもがくしかないのです。

宗教の役割は終わりつつあります

昔より、迷いや不安を断ち切るために宗教がありました。

何かにすがらなくては生きていけないのが人間なのかもしれません。

ましてや科学の発達していない昔の時代、非科学的迷信がたくさんありました。

それらは人間と自然の密接なつながりを演出してくれました。

そこに宗教の価値が大きく光り輝いていました。

今は違います。

今の時代、迷信のほとんどが否定されています。

オカルトの世界に追いやられ、迷信を信じる人は変人の烙印を押される世の中です。

科学技術の発達で、闇への不安・恐怖、未知への不安感が人間から無くなって行きました。

しかし、残った不安感があります


生きていたら生じる不安や迷いは理性では解決できません

霊的なものへの不安がなくなっていたと同時に、現代人はその不安というエネルギーを自分自身へと向けてしまったのです。

その不安を解消するために人は理性を使い、恐怖もなくそうとしました。

理性は科学技術を発達させ、非科学的なものを否定することで人は安心感を得ることに成功したのです。

だからでしょうか、理性の力で、己の中の不安を払拭できると思ってしまいました

しかし、ご存知のように自分の感情を思い通りにできないのが理性です。

理性を使えば使うほど迷いが生まれ、ますます混迷を深めてしまったのが現代人なのだと思います。

いまもアマゾンやジャングルで原始的生活をしている部族は、文明人よりも悩みはないでしょう。

あったとしても、食生活や病気、霊的なものへの悩みです。

理性を発達させた人が、座禅や瞑想をやろうとしてもうまくいかないのはしょうがないことです。

あまりに理性に頼りすぎているから、それを使わないことなど、感覚的にわからないのですから。

それにどれだけ時分が理性を使っているかなど、普通は分からないし考えません。

が、瞑想をするとなると、はじめて理性とは?ということに向き合わざるを得なくなります。

理性を超えられるかが瞑想を極める方法

瞑想を深めるコツは、簡単にいえば、理性を使わないことです。

考えて考えて悩んで悩んだ末に、一種の悟りに到達できると考えているならば、瞑想をやればやるほど迷いを拾い上げてしまうと思います。

悩んでもいいとおもいます。

しかし悩んだ末に、理性がいかに無駄なものか気づくならば、です。

だからこそ、悩んで悩んだ末に悟ることができたとなるのです。

理性を超えた圧倒的な精神状態ではないと、迷いを断ち切る気づきや悟りはやってこないのです。

私はまさにそれを体験しました。

考えて得られる答えなどたいしたものではないと実感しました。

真の気づきとは、理性をはるかに飛び越えた一瞬の感覚の世界なのだと教えられました。

迷いが晴れるのは、一瞬の気づきがもたらしてくれます。

私も迷いの製造機なほどの坊主の風上にも置けぬ人間でした。

いまは難しいことも考えず、起きたら起きたで悠然と構えていられ、すごく割り切りが良くなりました。

だからすごく楽ですし、月並みな表現ですが毎日が楽しみです。

深い覚醒瞑想を体感すると自分も変わるし人も変えることができます

坊主の仕事や瞑想に疑念を抱いていた時もありましたが、いまではこの覚醒瞑想トランス状態に入ることができたという一点だけでも、やっていてよかったと思っています。

それに私の言葉に耳と傾ける人の反応もすごく良くなったと実感しております。

それは感覚の世界を深く掘り下げることができたからです。

そうなるためには理性で何とかしようとする無駄をたくさん経てきました。

だから、無駄をたくさんしてください

ショートカットで深い瞑想トランス状態になろうなんて思わないでください。

たくさん考えて目を閉じて瞑想をしてもいいです。

無駄をたくさんして、それがいかに無駄だったかを悟ることが出来れば。


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左向き三角1瞑想の効果を劇的に向上させる極…… 


2012年12月02日

瞑想の効果を劇的に向上させる極めつけの方法

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ストレス解消に瞑想や座禅は効果的ですが……

心がイライラした時、クサクサした時、荒れるか、落ち込むか、割り切るか、ここが人間にとってとても重要です。
いらいらする人間はストレスをためてしまい長生きをなかなかできない人ですね。
ストレスは万病の元ですし、まず心が苦しいです。
その後に脳から内臓までくまなく侵食していき、本物の病気になってしまいます。

  AC内科医の自律神経健康ブログ 精神的ストレスによる病気の治し方
   (幼少時代からストレスを受け続けてきた内科医のストレスと疾患のブログ)


ストレスのない、ストレスがあってもストレスに侵食されないようになるには、瞑想や座禅が一番です。

ただしこれは理想論であり、瞑想や座禅をしても必ずしも効果が出るとは感じられませんが。

ストレスをなくそうと座禅や瞑想をやると、最初は心が落ち着いたりします。

しかし、慣れてくると進化してもいいはずなのに、反対に雑念やストレス源のことを思い出してしまいます。

人間は知恵や経験がつくと、生きにくくなるものなんですね。


精神の統一や精神を鍛えるということは、なかなか大変な道です。

そして人間とは厄介で複雑な思考能力を持っています。

それは潜在意識の厄介さでもあります。
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ストレスか幸せか、道を分ける割り切り力



さて、なぜストレスを感じるほどのイライラやクサクサを振りほどくことができないのでしょうか?

悪いことがあっても、まあ、そんなこともあるさ、と思える人は、イライラよりも、精神が鍛えられています。

都合よく考えられ、すぐ割り切りができる人は、とても幸せに生きられます

とどのつまり、人間力と呼ばれて久しいですが、割り切りがつく人間ほど、人間としての力量、いわば器がでかい人だとみなされます。


一度過ぎたことはもう取り戻せないものです。

それをいつまでも後悔して悩んでいても何が戻ってくるのでしょうか?

人間はどんなに頑張っても過去にはもう戻れないのです。

戻ろうとすること自体が、すべての無駄になり、割り切り力までも奪ってしまうのです。

無駄なことをいくらやっても、しょうがない。

それならば、もっと別のことに労力を割くべき、だというのが、より幸福により健康に生きる上で大切なことだと思います。

座禅、瞑想や精神修行で効果的なやり方、考え方

瞑想も座禅もそうです。

雑念や自我やあるいは心の魔境と否が応でも向き合わざるをえない状況に必ず陥ります。

そこで雑念や自我を排除しようともがくのか、それがある、という前提でやりつづける、どちらが
瞑想が深まるでしょうか?

精神統一がより向上でき、悟りの道が開けるのでしょうか?


そこで割り切りが出来た
人ほど、劇的に瞑想状態が深まっていきます


座禅で組んでいてもそうでしょう。

仏教は悟りを開くことが目的とよく言われますが、より一般化して言いますと、己の脳を何らかの方向で覚醒させること、といえます。

脳が覚醒するには、割り切る力が必須になります。

とらわれない心です。

さらにいくと無念無想です。



うじうじ、くよくよ、これはみなさん嫌いではありませんか?

自分でやっているときは案外気が付きませんが、第三者として客観的に見ると、とてももったいない生き様です。

でも、人はどうしてもやってしまうのです。

なぜなら、人間は考える葦だからです。

哲学者パスカルがいった言葉ですね。

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現在の瞑想法はあまりに普通であり生ぬるいと感じます


しかし、脳が覚醒するには、人と同じ事をやっていたのでは埒が明きません

なぜならば、覚醒するということは、一般の人から抜け出すことを意味するからです。

人と同じ事をやっていたのでは、瞑想の極致に立つことは不可能と考えてください。

ですから同じ瞑想をするにしても、人と同じように瞑想をやっていたら、大きな効果は得られないということです。

それだけ時間を失い、更に瞑想をやり続けても取り戻せる保証は全くありません。


なぜならば、人間ですので瞑想を続けるうちに必ず焦りが出てきて、このまま続けていいのかという不安が入り込んでしまうからです。

不安や焦りは雑念よりももっとたちが悪いもので、瞑想中それに取り憑かれてしまうと魔境に入ってしまいます。

そういう意味では瞑想は危険です。



もちろんですが、瞑想が深まった人を参考にすることはとても大事なことです。

でも、それは人と同じ事をやるのではなく、違うことをやった人の教えを請う、ということです。

同時に、なぜ瞑想が深まらないのか、なかなかうまくいかないで壁の前に立ち尽くしている人を反面教師にすることも大事となってきます。

そこにうまくいかない理由と、うまくいかせるためのヒントが必ず隠れています。

また瞑想をすればするほど、私達に足りないことを気づかせてくれるのです。

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覚醒瞑想体験時に弾ける気づきの数々が悟りの道に通じる


例えば、今回のテーマに照らし合わせると、私は割り切る力が弱い、という気づきです。

神秘的で深い瞑想状態に入ると気づきが増えてきます。

気づく一つ一つに心の浄化と極度のリラックス効果と強い信念と割り切る力が付加されていきます。

いってみれば心が豊かに強くなっていきます。

自分の中に足りなかった弱点を気づくことは、決してマイナスでもありませんし、卑下することもありません。

飛躍するための材料にしか過ぎません。

実際に私は自分の弱点をたくさん気づいて、普通ならば落ち込みますが、不思議と気持ちが楽になっていきました。

受け入れられてしまうからです。

受け入れられた欠点はもはや欠点ではないのです。

これが極度に瞑想状態が深まったときの効果の一つです。

もし普通の意識で欠点に気づいてしまったらどうでしょうか?

落ち込むしかありません。

普段受け入れたくないから欠点を見ないようにしていたのに、心が受け入れ態勢に入っていないのに、直面していてしまったからです。
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人と同じ精神修行では悟りは開けない、深い瞑想を味わえません


今まで座禅瞑想やヴィパッサナー瞑想、超越瞑想など様々な瞑想法がありましたが、どれも価値があるものです。

とはいえ、そのやり方でなかなか上手くいかないのが現状のようです。

お坊さんと言えども例外ではありません。


実は雑念と自我と煩悩にとらわれていて、なかなか抜け出すことに難儀しています。

もちろん、そんなことを表明することはありませんが(笑)

顔は立派で徳の高い高僧ですら、そうなのです。

それほど座禅や修行で脳を覚醒させて、悟りに近づくことは難しいことなのです。


つまり、人と同じ修行をしていたのでは、先人の域にはたどり着けません

覚醒させるには、人と同じ道を歩まない、それが結局割り切る力にも通じてくるのです。

私は人と同じ道を歩みませんでした。

それは落ちこぼれゆえです。

だから偉そうなことは何も言えません。


でも、極めつけの誘導瞑想法に出会ったことだけは確かです。


エリートじゃないほうが、中途半端に効果を感じていない人のほうが、その人達を追い越して、上に行けるものなんですね。

だからいつでも挽回が可能です。

瞑想も人生も。

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絶対的体感と頭でっかち瞑想の超えられない壁

私が偉そうに言えることは、その覚醒瞑想トランス状態を体感しているということの一点です。

ゴータマ・シッダールタ(ブッダ)と一般人の違い
は何でしょう?

それは絶対的な体感をしたかどうかの差です。

ゴータマ・シッダールタはそこから悟りを開けた。

たった一つの点ですが、これほど大きな差はありません。

そしてネット上を見回しますと、理論だけが卓越している人がいます。

そんな人は本やネット上の知識を吸い込んで頭でっかちになっているだけです。

そういう人の言っていることに振り回されないようにしましょう。

体感したことは絶対的な知識に通じます。


かくいう私も偉そうに上から目線でブログを書いてしまいましたが、少なくとも私は絶対的な深さの覚醒瞑想状態を味わっているということに関しては、一家言あるのです。

一番言いたいのは迷い苦しみ落ちこぼれた私ですら、そこらへんの霊験あらたかな高僧の瞑想状態の遥か高みを味わっているということです。


落ちこぼれでも誰であっても、究極の瞑想状態に入れる方法があったのです。

この雑念だらけの無念無想とは程遠かった私でさえも味わえたのです。

それは絶対的な体感でした。



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左向き三角1瞑想坊主の自己紹介 

左向き三角1スティーブ・ジョブズ氏と瞑想と瞑想と禅、そして岩波先生のこと 

左向き三角1瞑想の危険性について2 うつ病や不安神経症の方へ 

左向き三角1瞑想とは理性の限界をはっきりと悟ること 

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左向き三角1脳覚醒体験 悟り的気づきと岩波先生について 

左向き三角1瞑想による悟りに至る唯一の方法 

左向き三角1瞑想トランス状態のすごさ、時間の観念すら超越する 

左向き三角1脳内麻薬が噴出した瞑想状態の劇的効果について 

左向き三角1瞑想トランスは本能に火をつける 

左向き三角1理性では捉えきれぬ誘導瞑想トランス状態の驚くしかない体験 

左向き三角1瞑想トランスは危険ではない 逆に心が洗われる 

左向き三角1瞑想の危険性について 

左向き三角1瞑想は心の掃除 心の栄養補給 

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左向き三角1本能を大切に生きる 座禅瞑想により理性の無駄を悟る 

左向き三角1瞑想による真理到達を可能にする秘訣 

左向き三角1脳に魔法をかけられる岩波先生との出会いと奇跡の体感 

左向き三角1瞑想の効果を劇的に向上させる極めつけの方法 

カテゴリ
瞑想トランス状態に入るコツと悟りを開く方法(7)
坊主から見た瞑想法の効果と悟れない理由(3)
覚醒瞑想トランス体験のえらい効果(9)
座禅瞑想坊主の自己紹介(6)
瞑想法の効果のすごさと大したことのなさ(6)