2019年01月21日

うつ病や不安障害の人が一人で瞑想をやる危険性と瞑想の魔境に陥らない条件

directory-466935_960_720.jpg



瞑想には魔境と危険性があるのか?

瞑想を中途半端にやっていると、そして一人で黙々とやっていると、瞑想の魔境に陥ってしまうことは書きました。

瞑想は危険か危険ではないのかと問われれば、私は瞑想は危険ではないけれど、注意する必要があると思います。

一人で瞑想をして、感受性の強い人(病的な意味において)ほど、危険だと思っていいと思いますが、それは瞑想そのものが悪いわけではないことは、リンク先のブログにも書きました。

瞑想が悪いのではなく、その人の人生の抑圧されたルーツが悪いのですが、瞑想をやりがちな人ほど、抑圧を溜めて生きてきた人です。

だから、瞑想と抑圧と不幸の出会いが生じることで、瞑想の魔境に陥って、瞑想は危険だと言われてしまう原因となるのです。



瞑想を一人でやって危険な水域に入る人

瞑想を一人でやってしまって、精神状態が悪化してしまう人は、うつ病や不安障害やトラウマがひどい人です。

ずっと抑圧をし続けて、精神的なコンディションが悪い人ほど、瞑想で魔境を吸い寄せてしまいます。

一人でそうなると、対応しようがなくなりますし、そこで焦るともっと錯乱してしまいます。

ですが、一方で瞑想状態に深く入ることで、抑圧を浄化しないといけないことも事実です。

瞑想状態に深く入ると、本当に心が根こそぎ浄化されます。

そうなると、瞑想には指導者が必要です。

心の抑圧のこと、人間の深淵の闇をよく知っている指導者です。

それ以外でうつ病や不安障害やトラウマの人が一人で瞑想を続けることをおすすめしません。



瞑想の本当の危険性と瞑想状態にうまく入れない魔境

それに一人で瞑想をやり続けると、時間がもったいないです。

そして時間を重ねても、瞑想がうまくいく保証はどこにもありません。

瞑想の危険性は実はそこにあると私は考えます。

瞑想の危険性は、他にもやればやるほど意識統一も集中もできずに雑念というゴミが溜まっていくこともあります。

そのときに集中力が出ない自分に幻滅してしまう(無意識でも)ことが恐怖です。

瞑想は自分を高めたり深めてくれるものですが、それは決定的にうまくいったときだけです。

瞑想は瞑想ができない、意識統一も内面探求もできない自分を悟らせてしまう逆効果もあるのです。

つまり、自分の潜在意識や無意識の可能性を制限してしまい、瞑想をやるよりも一層理性と知恵を使いだしてしまい、自分の魂を深めることができなくなっていく、それが瞑想の危険性です。


瞑想には優秀な指導者が必要


指導者がいれば、脇道に大きくそれてしまう自分を正常な道に戻してくれます。

ただし、逆に瞑想の指導者はそれしかできない人も多くいます。

瞑想法の知識があり、知識によって人々をある程度まで導けますが、瞑想を深めることにかけてはまったく専門外な指導者がほとんどです。

瞑想を深めてくれる指導者に誘導してもらう必要があります。



瞑想状態、変性意識に入れる指導者では無理です。

それは自分では入れますが、人を誘導できません。

ましてうつ病や不安障害やトラウマを抱えた人の心の闇を受け止めることができません。

その人達が瞑想の魔境に陥った時の錯乱ぶりは、並の指導者では対応不可能です。



瞑想が究極に深まれば危険性も魔境も超越してしまう それが可能な指導者

何度もおすすめしていますが、瞑想をたった一日で人生最高の体感をもたらし、心を根こそぎ浄化させてくれる指導者は日本に一人しかいません。

世界中でもオンリーワンの存在です。

覚醒瞑想、瞑想覚醒法、脳覚醒技術の天才岩波先生は瞑想を究極にまで深めてくれる技術を持っています。

一日で瞑想の最高に深い次元にもたらしてくれるどころか、そこからどんどん瞑想状態が深まっていきます。

瞑想状態がそこまで深まると、もううつ病も不安障害もトラウマも根こそぎ浄化されていきます。

瞑想がうつ病や不安障害に効果的なのは、瞑想状態が決定的に絶対的に深まったときだけです。

それ以外の瞑想状態の浅さでは危険です。

瞑想の魔境なんて超越してしまいます。

だから、瞑想が最強の状態に覚醒した時、瞑想が危険ですとか、魔境がどうということは関係なくなってしまいます。

瞑想をただのリラックス体験だけだと思ってはいけません。

人間の潜在意識や無意識を根こそぎ変えてくれる神秘的な体感が確実にありますし到来します。

そこまでいったら危険性も魔境も関係ありません。


posted by 寺島サンガ at 15:18 | Comment(0) | 瞑想の魔境の恐怖と危険性
2013年03月10日

瞑想の危険性2 覚醒瞑想トランスは危険ではない 究極の至福感覚

瞑想の危険性と魔境 悟りを開く方法と岩波英知氏の覚醒瞑想

瞑想は危険!? 瞑想の魔境の恐怖!?


瞑想はある局面だけを捉えますと、感情的な発散が思わず出てしまった人を見ますと、あたかも狂ったかのように思えることがあります。

これは殊に感情的に高ぶりやすい人、昔の言葉で言うヒステリー性の人、感受性が強い人で、心の深い感情的な抑圧を抱えている人がなるものです。

座禅や瞑想の合宿をやっていると、そういう人がいることは確かですし、瞑想が危険とか瞑想の魔境に入ってしまったと表現される人もいます。

しかし、そういう心の平穏とは程遠いところにいる人ほど、瞑想をやったほうがいいと私は思っています。

lgi01a201410142000.jpg

潜在意識の抑圧解消の劇的効果を与えてくれた覚醒瞑想

瞑想は私達の潜在意識や無意識との対話です。

潜在意識、無意識には様々な押し込んできた抑圧が渦巻いています。

それも感情の渦です。

感情の抑圧というくらいだから、悪い感情ばかりで人間が平静に生きるには邪魔なものばかりです。

だから潜在意識、無意識の世界に押し込めてしまう心の働きがあります。

坊主たる私も平静に生きるにはちょっとどころじゃない心の重荷を抱えていました。

私はものすごく深い覚醒瞑想トランスに入った時、初めて衝撃的に実感したことが、私は誰よりも抑圧を貯めこんで生きてきた人間なのだとわかったことです。

一見端から見ると、私は悩んでいなさそうに見えるタイプだそうです。

しかし、坊主、僧侶という職業柄、悩みを抱えているように見えてはいけないため、自然と平成を装う演技が身についてしまったからです。

また子供の頃から、本心を人に見透かされるのが嫌だったこともあるでしょう。

抑圧感情を溜めて生きてきたことが覚醒瞑想ではっきり悟れた

その実、私は不安や鬱屈とした感情を無意識の世界に溜め込み続けていたようです。

ですが、いくら無意識世界に抑圧を貯めこんで平静を装っていても、無意識は簡単に意識世界を侵略してしまうのです。

その一番身近な例が夜見る夢の世界です。

理性が外れた時、悪夢を見たりします。

急に生きていることが空恐ろしくなったりします。

私もそういうことが多い人間でしたので、感情的抑圧とは密接に生きてきたわけです。

それが私の心の脆さにつながっていたわけです。

悪い感情抑圧を解放できないと悲惨なことになります

そのことを深い深い瞑想状態に岩波先生に誘導されたり、自力での覚醒瞑想トランス状態で、初めて実感できました。

実感でき、しかも溜め込んだ抑圧が瞑想状態に入るために抜け出ていって、すごくホっとできました。

心が洗われるくらいホッとした実感があるから、抑圧が抜け出たのを感じたといったほうが正解かもしれませんね。

坊主も聖職者も高貴な方々でさえ、我々は普段から平常に暮らすために、無意識に不都合な感情を押し込めているのです。

時間が経てば、無意識の中で処理していくものもありますが、とても重い心の傷や長期間続いたストレスなどは、とても処理しきれません。

それでも意識の上でそれらは邪魔ですので、どうしてもグイグイと無理にでも潜在意識に都合の悪いことを押し込めようとします。

そうしないと日常生活がおぼつかなくなるからですが、抑圧し続ける限界が必ず来ます

感情はその莫大なエネルギー量があり、あまりに悪い感情を溜め込むと、精神崩壊が徐々に始まります。

鬱病、ストレス性障害、不安障害、自律神経失調症、心身症、不定愁訴などに悪化していきます。

さまざまな制御不能に陥った悩みにとらわれ、常に不安に苛まれて生きるはめになります。

薬の力で心の悩みを解消すると生きる力を失ってしまいます

ここまで来ますとお薬でも処理できません。

そこで安易に無知に薬に頼ると、一生薬に依存して生きることになります。

薬では表面的に逃避させるだけで、抑圧まで解決してくれないからです。

精神安定剤もドラッグも問題の根っこは解消してくれないからです。

効果が出ても出なくても薬に依存し、脳が侵されていく悲惨な状況に陥ってしまうのです。

ですから、心で無意識との対話をする必要が出てくるのです。

それが瞑想や座禅やヨーガです。

ただし従来の瞑想法だと、なかなか潜在意識、無意識レベルには達しません。

悩まれている方にとって、雑念、悩み、強迫観念といったものが強くなるため、座禅にしても、ヴィパッサナー瞑想、超越瞑想などの各種瞑想方法でも、呼吸法をしても自律訓練法をしても、それらに邪魔されて、瞑想どころではないのです。


然るべき専門家のもとで瞑想をやる必要性


瞑想というものは、打ちのめされるぐらいの深い瞑想状態にならなければ、その効果を実感できません

とくに悩みを抱えている人は、体が異常に硬くなっています。

瞑想はリラックス状態が理想的なので、その点でも瞑想が一番必要としている人ほど、瞑想に入りにくい障害ばっかり抱えているのです。

ただし、その中でも感受性がとても強い人は、無意識に抑圧されたものが噴出していきます。

それが傍から見ると発狂しているようなヒステリックな感情的高ぶりにつながっているのです。

もしせっかく抑圧が表に出たのに、感情的な処理、抑圧処理を施さないと、その人のコンディションは悪くなってしまいます

だから、然るべき瞑想の専門家のもとでやらなくてはいけないのです。


深い瞑想で抑圧感情を解放させるか、抑圧をしながら生きるのがいいのか

表に抑圧が出たということはとてもいい事なのですが、一時的に嫌なことに直面することになるのですから、瞑想にて悪化した、危険だと短絡的に決め付けるわけです。

そのように決め付ける人は、瞑想を知らないか、やっていても深い瞑想状態に入ったことがないのだと思っています。

深い瞑想状態になればなるほど、その先にあるとても心が洗われる尊い体験を得られていないからです。

さらにもっともっと深くなれば、抑圧もトラウマも驚くほど抜け出ていってくれます。

その時のものすごく心が軽くなる体験は、まさに浄化です。

私も涙を流すくらいの心内の浄化を経験したことがあります。

ですので、中途半端でやめるのが一番もったいない、ということです。

瞑想を追求している人の数はとても多いのですが、どれも中途半端でお茶を濁している方が多いと思います。

この煩雑すぎる世の中で、瞑想だけに集中して取り組むことはなかなか難しい昨今です。


覚醒瞑想は人生を変えることになるでしょう


だから、私は岩波先生の瞑想トランス法(覚醒瞑想)をおすすめしたいのです。

あるお医者様が『脳の魔術師』『世界で最も進んだ瞑想体感』とブログに書かれてありますように、その瞑想トランス状態の体感は、「ありえない」ものです。

私は僧職で座禅や瞑想を毎日の日課としておりますが、はっきり書かせてもらえば、私の体感した瞑想状態の軽く1000倍は深いです。

とにかくすごいのです。

ありえないほどすごいのです。

私だけでなく受けた人誰もが口をそろえていっています。

これまでの瞑想法がこの時点で過去の遺物になった気がしました。

もちろん従来の瞑想法の意義はとても尊いもので、とても勉強ができます。

私もそれでどれだけ救われたことでしょう。

しかし、その先がないのです。

もっと深いものを提示できないのです。

ちょっと効果があったかどうかです。

結局、その効果も日常の辛く険しい日々の中で霧散してしまいました。


中途半端は何事でもいけないことです


ただ中途半端でやりたくない人は、必ず覚醒瞑想のトランスの体感をしてみてください。
気に修行した何年分も一瞬で超してしまいますから。

それだけすごい瞑想トランス状態なので、心に抑圧感情を抱えている人は、抑圧が表に出て、気分が悪くなったりします。

しかし、その時に適切に処置していくことで、驚くべき心の安定に繋がってくれます。

ですので、岩波先生の覚醒瞑想法を受ける方は、先生もおっしゃられている通り、主体性を持って取り組める人が受けたほうがいいです。

脳覚醒プログラムの他に、岩波先生は心理・脳内プログラムを何個も持っていまして、様々な悩みを抱えている方から、プロスポーツ選手、社会的地位の高い方向けのプログラムなどやっています。

そのなかで悩みを扱うプログラムは、あえて潜在意識の抑圧やトラウマを表に出すことで処置していくものですので、中途半端でやめないようにしてください。

また、前払い一括払いという料金システムなのも、そのためからだそうです。


覚醒瞑想に深さと質の限界はないようです

さて瞑想を突きつめたい人にとって、岩波先生の誘導した覚醒瞑想トランスを脳が記憶してくれますので、さらにもっと深い覚醒瞑想状態へと必ずつながっていきます。

なぜなら、一度すごい深い瞑想トランス状態を体感しているため、それがその人の瞑想状態の最低ラインになるからです。

それよりも決して低くなることはありません。

脳に退化はありません

もし体感が低く感じるならば、むりに瞑想状態になろうとしている焦りがそうさせているにすぎません。

焦っている自分、深く入りたい欲望にかられて意図的になっている自分を発見したならば、すぐさま捨て去って、初心に戻って呼吸法をしてください。

そうなると、すぐに深い瞑想体験が復活しますから。


悟りを開く一番の方法は覚醒瞑想にありました

瞑想トランスが深まれば深まるほど、様々なことが気づいていきます。

この気づきほど貴重なものはありません。

人間の根源的な気づきに近いからです。

言ってみれば、『プチ悟り』でしょう。

人間はプチ悟りを積み重ねながら、生きていくのだと思います。

しかし、理性を使って生きている人には、小さな小さなほんの小さな悟りもつかめないものなのです。

とても感覚的に研ぎ澄まされた状態になった人にだけのご褒美なのです。

そして、プチ悟り、気づきが重なるほど、心が洗われ、安定し、更に高みに己を持っていくことが可能になるでしょう。

posted by 寺島サンガ at 23:25 | Comment(1) | 瞑想の魔境の恐怖と危険性
2013年02月03日

瞑想の危険性について 瞑想による魔境に入らないために

瞑想の危険性と瞑想の魔境に入り原因

瞑想は危険なのでしょうか?


瞑想は危険かどうかについての考察をしていきたいと思います

感受性が豊かで、深い悩みを抱え抑圧して生きてきた人が、瞑想をしていて、急に感情が高ぶってコントロールが効かなくなる、ということがあります。

泣き出したり、喚いたり、イライラ感が噴出したり、と感情的反応を見せます。

しかし、これは瞑想が危険なのではなく、その人が爆弾を持っていたということになります。
bomb.png

爆弾というのは、抑圧された鬱屈した感情です。

もっとひどいものはトラウマと呼ばれるものとなります。

心に傷を持っている人は、瞑想により理性の壁が取り払われた時、無意識に抑圧された感情が出てしまうのです。

瞑想の魔境に入る人の特徴と瞑想の素晴らしき効果


みながみな、そうなりません。

しかし、そうなることはあります。
これは事実としてそうです。

かといって、瞑想をやったから、女性が狂ったとか、危険性や凶暴性が増した、ということはまるで見当違いです。

もし瞑想をせずに、日々過ごしていても、その人は幸せに安心して暮らしていたかというとそうではありません。

つねに溜まっていたマグマが噴出しようとして心に悪さを与えているのです。

ですから、その人もそれを何とかして瞑想や座禅、気功、ヨーガ、様々なスピリチュアルなものに手を出すわけです。

逆に言えば、それらをして、その人の抑圧が表に出ないならば、それは威力がない、効果がないといえるのです。

効果があるからこそ、表に出る、ということを瞑想は危険だからやめようと思っている人や心配している人は知っておいてください。

受けなければ無事平穏に暮らしていけるのに、というのも間違いで、その人はどこかで心が暴発していたでしょう。

世界中で抑圧して生きてきた人間が、マグマが噴火した如く、無差別殺傷事件を起こしているのも、瞑想をしたからではなく爆弾がついに破裂してしまったということです。

ですので、瞑想で抑圧を表に出して取り除いていくことはとてもいい事なのです。

だから瞑想は指導力のある有能な専門家のもとでやるべきです


しかし、注意しなくてはいけないこともあります。

それは、ちゃんとした指導者のもとでやらなければいけない、ということ。

それも頼もしい人ではないといけません。

私の瞑想トランスの先生の岩波先生のようなたくさんの人生経験がある人ならば、たとえばある女性が気持ちが高ぶったとしても、すぐにその場でおさめてくれるでしょう。
(その岩波先生も
自力での瞑想や呼吸法の危険性を述べておられます)

瞑想中に抑圧が出てしまった人は、頭が混乱して聞く耳を持たないと思われるかもしれませんが、実は脳はしっかりと人の話を聞いているのです。

ただその人の声に反応するか、しないかの話です。

それが可能な人は、自分に自信があり、言葉に説得力がある人じゃないといけません。

ですので、深い瞑想に入った時には、信用できる人が近くにいたほうがいいです。

例えばお寺で座禅を組むならば、カリスマ性があるお坊さんが近くにいたほうがいいですし、かりに頭が「迷走」したとして、あたふたせずに元の状態に戻してくれる力強い人が最低限必要です。

内観も同じことが言えます。

瞑想は危険ではない、危険なのは抑圧した心の鬱屈した感情ということなのです。

そして、抑圧した心は溜め続けるといつか暴発します。

  瞑想・呼吸法を自力でやる危険性と変性意識の罠
  (こちらもあわせてお読みください。岩波先生の言葉集より)

posted by 寺島サンガ at 19:35 | Comment(0) | 瞑想の魔境の恐怖と危険性
カテゴリ
瞑想トランス状態に入るコツと悟りを開く方法(7)
坊主から見た瞑想法の効果と悟れない理由(3)
覚醒瞑想トランス体験のえらい効果(9)
座禅瞑想坊主の自己紹介(6)
瞑想法の効果のすごさと大したことのなさ(6)