2018年12月29日

瞑想の本当の可能性のすごさ 私の覚醒瞑想状態の体験記(バージョンアップ版)

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瞑想を続けて効果が出てくれるのか? その疑問に答えます

瞑想は本当に効果があるものでしょうか?

多くの人は瞑想の効果にピンとこないまま、それでも続けていくのか、途中で降りてしまうのか、いずれにしましても効果の実感ができていないのが現状のようです。

私もかなり苦労してきましたので、瞑想の大変さはわかっていますが、それでも瞑想はすごいものがあることを大にして言いたいです。

瞑想がすごいのか、人間に眠っている神秘性がすごいのか、とにかく人知を超えた体験になります。

実際究極の瞑想状態に入ったら、どんな体感が襲ってくるのでしょうか?


すべてを受け入れ一つになること。これほど素晴らしい体験はない

瞑想とは、過去の記憶と切り離され、今この瞬間を究極に味わうこととも言えるでしょう。

それは座禅にしてもヨーガにしても結局は同じことです。

「今この瞬間を究極に味わう」とは、今を受け入れ、一つになること。

そうなると、あなたの全存在、全生命が花開きます。

その瞬間を味わうことが瞑想の一つの醍醐味と言えるでしょう。


私の瞑想体験、脳覚醒体験

私も瞑想がいよいよ信じられぬぐらいに深まった時、脳の覚醒状態が起きました。

ぼんやりと曇っていた心の底がクリアになり、神秘体験の中にもとても冷静で客観的な自分がいました。

しかし、同時に生命エネルギーに溢れ、歓喜の感情、打ち上げ花火のようなエクスタシー、湧き上がるモチベーションの炎も手に取るように実感でき、これが天国かと思いました。

しかも、ただ感じているだけで、どんどん深まっていったのです。


これらと一体化している中で、次から次へと存在していることへの喜び(そこに理由はない)が生まれ、これまで私が抱えてきた悩みや苦しみ、幸せな感情を妨げてきた障害、抑圧された感情すべてが、吹っ飛んでいきました。


何に悩んでいたのかもわからない、自由とはこのことかという境地

悩みとは何だったのか? まったくいい意味で訳がわからなくなりました。

こんな俗物坊主の私でも、悟りの境地に少しは至ったのかもしれません。

私のこれまで無意識に抑圧してきた、鬱屈感、恨み、後悔、妬み、悲しみ、怒り、心の傷が、どんどん剥がれ落ちていって、ほんとうの裸の自分にたどり着けた心境です。

これが本当の自分なんだ!

晴れやかな、とても楽で温かい感覚でした。

これを人は愛と呼ぶのだと思いました。

愛に包まれている時、心配がすべてなくなり、将来への不安もありせえんでした。

過去に思うところがあった様々な自分を苦しめる感情からも完全に切り離されました。

そして、喜びに満ち溢れ、本当の意味での自由を満喫できたのです。




マイナスがなくなり、プラスしか考えられなくなる

そして、将来への不安がなくなるということは、将来への自信が生まれるということです。

心の底から、純粋に、何の疑いもなく、私が思ったものがすべて手に入ることにも気づかされました。

愛と幸福感の中でそう思えたのです。

ギラギラして手に入れてやろうというものでもなく、私なら手に入れられてしまうのだ、という境地です。

これが本当の「思考は現実化する」ことなんだなと思いました。

願望を実現するには、本当に強く思うことだと言うけれど、強く思うことはこんな楽で素直なことなんだなとわかりました。

無理に強がる必要もない、自分を大きく見せる必要もない、ただ自分自身でいるだけで願いが叶うのです。



ある瞑想の境地に達すると、努力なしに人生がすべてうまく回ることは本当でした

実際に、私は覚醒瞑想体験を経てから、空回りなく、すべてが上手く回るようになりました。

楽に努力せずうまく回るようになりました。

人間関係、仕事、家族仲においてそれは顕著でした。

瞑想とは、本当の自分と一体化することだけで、勝手に人生をうまい軌道に乗せてくれる威力があると実感しました。

瞑想を自分一人の力でそこまで行くことは困難です。

私は必ず優れた指導者の元で、瞑想、座禅をすべきだと思います。

自分の力で深い瞑想状態に入ることができたら、独り立ちしてもいいと思います。



瞑想は道に迷いやすいものです。

一人でもできますが、一人でできるからといって、本当の瞑想の効果を引き出すことは非常に難しいことです。

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posted by 寺島サンガ at 10:49 | Comment(0) | 座禅瞑想坊主の自己紹介
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