2019年01月21日

うつ病や不安障害の人が一人で瞑想をやる危険性と瞑想の魔境に陥らない条件

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瞑想には魔境と危険性があるのか?

瞑想を中途半端にやっていると、そして一人で黙々とやっていると、瞑想の魔境に陥ってしまうことは書きました。

瞑想は危険か危険ではないのかと問われれば、私は瞑想は危険ではないけれど、注意する必要があると思います。

一人で瞑想をして、感受性の強い人(病的な意味において)ほど、危険だと思っていいと思いますが、それは瞑想そのものが悪いわけではないことは、リンク先のブログにも書きました。

瞑想が悪いのではなく、その人の人生の抑圧されたルーツが悪いのですが、瞑想をやりがちな人ほど、抑圧を溜めて生きてきた人です。

だから、瞑想と抑圧と不幸の出会いが生じることで、瞑想の魔境に陥って、瞑想は危険だと言われてしまう原因となるのです。



瞑想を一人でやって危険な水域に入る人

瞑想を一人でやってしまって、精神状態が悪化してしまう人は、うつ病や不安障害やトラウマがひどい人です。

ずっと抑圧をし続けて、精神的なコンディションが悪い人ほど、瞑想で魔境を吸い寄せてしまいます。

一人でそうなると、対応しようがなくなりますし、そこで焦るともっと錯乱してしまいます。

ですが、一方で瞑想状態に深く入ることで、抑圧を浄化しないといけないことも事実です。

瞑想状態に深く入ると、本当に心が根こそぎ浄化されます。

そうなると、瞑想には指導者が必要です。

心の抑圧のこと、人間の深淵の闇をよく知っている指導者です。

それ以外でうつ病や不安障害やトラウマの人が一人で瞑想を続けることをおすすめしません。



瞑想の本当の危険性と瞑想状態にうまく入れない魔境

それに一人で瞑想をやり続けると、時間がもったいないです。

そして時間を重ねても、瞑想がうまくいく保証はどこにもありません。

瞑想の危険性は実はそこにあると私は考えます。

瞑想の危険性は、他にもやればやるほど意識統一も集中もできずに雑念というゴミが溜まっていくこともあります。

そのときに集中力が出ない自分に幻滅してしまう(無意識でも)ことが恐怖です。

瞑想は自分を高めたり深めてくれるものですが、それは決定的にうまくいったときだけです。

瞑想は瞑想ができない、意識統一も内面探求もできない自分を悟らせてしまう逆効果もあるのです。

つまり、自分の潜在意識や無意識の可能性を制限してしまい、瞑想をやるよりも一層理性と知恵を使いだしてしまい、自分の魂を深めることができなくなっていく、それが瞑想の危険性です。


瞑想には優秀な指導者が必要


指導者がいれば、脇道に大きくそれてしまう自分を正常な道に戻してくれます。

ただし、逆に瞑想の指導者はそれしかできない人も多くいます。

瞑想法の知識があり、知識によって人々をある程度まで導けますが、瞑想を深めることにかけてはまったく専門外な指導者がほとんどです。

瞑想を深めてくれる指導者に誘導してもらう必要があります。



瞑想状態、変性意識に入れる指導者では無理です。

それは自分では入れますが、人を誘導できません。

ましてうつ病や不安障害やトラウマを抱えた人の心の闇を受け止めることができません。

その人達が瞑想の魔境に陥った時の錯乱ぶりは、並の指導者では対応不可能です。



瞑想が究極に深まれば危険性も魔境も超越してしまう それが可能な指導者

何度もおすすめしていますが、瞑想をたった一日で人生最高の体感をもたらし、心を根こそぎ浄化させてくれる指導者は日本に一人しかいません。

世界中でもオンリーワンの存在です。

覚醒瞑想、瞑想覚醒法、脳覚醒技術の天才岩波先生は瞑想を究極にまで深めてくれる技術を持っています。

一日で瞑想の最高に深い次元にもたらしてくれるどころか、そこからどんどん瞑想状態が深まっていきます。

瞑想状態がそこまで深まると、もううつ病も不安障害もトラウマも根こそぎ浄化されていきます。

瞑想がうつ病や不安障害に効果的なのは、瞑想状態が決定的に絶対的に深まったときだけです。

それ以外の瞑想状態の浅さでは危険です。

瞑想の魔境なんて超越してしまいます。

だから、瞑想が最強の状態に覚醒した時、瞑想が危険ですとか、魔境がどうということは関係なくなってしまいます。

瞑想をただのリラックス体験だけだと思ってはいけません。

人間の潜在意識や無意識を根こそぎ変えてくれる神秘的な体感が確実にありますし到来します。

そこまでいったら危険性も魔境も関係ありません。


posted by 寺島サンガ at 15:18 | Comment(0) | 瞑想の魔境の恐怖と危険性
2019年01月16日

瞑想がうまくいくコツ、うまくいかない原因 瞑想で独り立ちできるまで優秀な指導者に誘導してもらいましょう

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瞑想のコツ 知恵を使わない、捨て去ること

瞑想のコツを皆さん試行錯誤していると思います。

何かコツはないか、忘れているコツはなかったか? いろいろと策略を巡らせます。

それが瞑想がうまくいかないコツになってしまいます。

瞑想がうまくいかないのは、考えてしまうからです。

感じることの大切さを知っていても、瞑想中にはどうしても忘れてしまいます。

感じるために瞑想をやっているのに、そのために考えていたら、雑念がひどくなります。

瞑想とはリズムです。

リズムに乗れないとき、絶対に考えすぎています。

ダンスは考えては踊れないように、演奏も考えては手がおぼつかなくなるように、瞑想もリズムが大切です。




一人で黙々と瞑想をやることの危険性と非効率性

瞑想とは試行錯誤ですが、一度道に迷い始めると、あらぬ方向で頑張りすぎて、本来の道に戻れなくなってしまいます。

下手をしますと、瞑想の魔境といって、抑え込んできた心の底のタガが外れてしまって、見てはならないもの、自分で見ないように必死で頑張ってきた負の記憶に飲み込まれてしまう人がいます。

瞑想の魔境に陥ったら、自分ひとりの力でもとに戻すことは難しいです。

睡眠薬、抗うつ薬や抗不安薬を服用することになったら、瞑想を始めた意味がありません。

瞑想は一人でも気軽にできるのがポイントですが、私は独り立ちできるまで、優秀な指導者、卓越した誘導ができる先生の元で最初は励むべきです。

時間は有限ですし、試行錯誤をして正常な道に戻れるならいいのですが、自分ではさらに道に迷い続けてしまいます。

それをもとに戻せる経験豊富な指導者がいれば、いつでも原点に戻れます。


知恵をどうしても使ってしまうのは人間の習性

瞑想のコツを掴むまでは、どうしても人は、私もそうですが、知恵を使ってしまいます。

それが一番簡単な方法だからです。

そして日常生活のある程度のことは知恵で解決できます。

しかし、瞑想や潜在意識の奥底にアクセスさせる方法において、知恵はすべて邪魔になります。

そのためには知恵を超えたパワーを確信しなければなりません。

知恵を捨てたときの、瞑想状態の深さと効果を味わうことです。

知恵がどれだけ自分の可能性を逆に制限してきたか、知恵を捨てたときの自分の無限の可能性をどれだけ実感できるか、そこが鍵です。



瞑想を劇的に深めたいなら優秀な先生に指導を受けましょう

知恵はなかなか一人では捨てられません。

もし優秀な指導者のもとで、超越した瞑想トランス状態を味わい、知恵が要らないことをはっきりつかめたときが、完全に独り立ちできる時です。

そうなりますと、知恵を使っている自分をいくらでも気づいて軌道修正できますし、瞑想のリズムに乗る方法をいつでも取り戻せるようになり、どんどん一人で深まっていけるのです。

瞑想の魔境についても、魔境を覗いてもうろたえることはありません。

瞑想の魔境に入ったとき、パニックになってしまうことが一番怖いです。

そこを含め、一人で旅立てるまでは、いつでも自分を取り戻せるように指導者の指導を仰いてください。

そして、瞑想のいいところは、ライフワークで自分の内面の掘り下げ続けていくことができるので、最初の段階では二人三脚の瞑想がおすすめです。

関連ブログ記事リンク


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2019年01月04日

瞑想の成功体験は失敗につながる。人間は欲深き生き物。

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人間は欲まみれ、煩悩だらけ。それを受け入れて瞑想をやる

煩悩を捨てること、それが悟りへの道へと言われますが、私は煩悩があってもいいと思います。

そもそも煩悩を捨てなさい、断捨離は素晴らしいと説教するお坊さんほど、実は欲まみれです。

利権の塊、エゴの塊、中には性欲がひどすぎるある腐れ坊主もいます。


ただし欲を捨てることは、瞑想や座禅に関しては捨てたほうがいいです。

欲は肯定してください。

否定してやるのではなく、欲のある自分をすっかり受け入れて、瞑想をやるほうがいいです。

瞑想についての欲とは、瞑想状態に入りたい、超越した自分になりたい! 精神の安定を取り戻したい、脳をリセットして最高の純粋な脳を取り戻したいなど、人それぞれあると思います。

ただ瞑想をやっている最中は、それをすべて放り捨ててください。

欲を得たいからやることは否定しません。

その動機は大切にしてください。


欲を肯定しつつ瞑想中だけ欲を一度手放す、手に入れるために


一つ覚えてほしいことが、欲を得るためには、一度欲を捨て去ることです。

求めないでやることで、脳が覚醒します。

常に欲ばかり考えて、自分の精神状態や瞑想状態をチェックすることになると、理性が入り込み、考え始めます。

その脳がとてもまずく、力みを生じます。


捨てることは体を芯から緩ませる秘訣です。

執着がないからです。

しかし、自分で瞑想をやろうとすると、自分で瞑想に入る=入ろうとするという心理的構図がどうしても生まれてしまいます。

呼吸法でその考えを遠ざけられる人は、自力でも深い瞑想状態に入ることができますが、その成功体験も厄介なものです。



瞑想の成功体験が失敗続きの瞑想になる

瞑想は成功体験、つまり深い神秘的な瞑想状態に入れた人には次の障害物が待ち構えています。

瞑想にはビギナーズラックやまぐれ当たりという、自分の瞑想状態のその時々の限界を遥かに超えて、深い意識に予期せず入れてしまうときがあります。

多くの人はその体験の凄さや神秘性に感動をして、瞑想を何十年も続ける原動力になるのですが、その幸運は長続きできません。

それは次から、絶対に求めてしまうからです。

自分の瞑想状態が偶発的に生まれたものだという認識が持てず、『瞑想とはすごいものだ』『自分は瞑想の才能がある』という成功体験を持ってしまった人は、次に無理に前の瞑想状態の深さを求めてしまうのです。

一種の欲です。

手早くあんなすごい瞑想状態に入りたい、自分には入れる、入るのだ! こうなったら力みしかありません。

すべてを求め、緊張を発生させ、雑念を生み出します。

そうなると「なぜ入れないのだ? 前はうまくいったのに? 前とは何が違う? やり方が悪いのか?」

いらぬ知恵を使い始めるのです。


瞑想の才能があるのに、せっかく幸運に出会えたのに、その成功体験が次からは失敗体験を作り出します。

無心、無我の状態では入れたことを忘れ、常に自分や自我や知恵を意識します。

意識してやったら、決して潜在意識に入れません。

すごくもったいないです。


瞑想が上手くいくコツ


人間は欲深き生き物です。

欲を肯定して受け入れながらも、『欲望を叶えるためには捨てること』という認識で、一旦手放してください。

成功体験を得た人も、そうです。

その成功体験を忘れてください。

ただし自分のその才能や幸運があることだけは自信を持ってください。

その上で捨ててやってください。



瞑想はこのように本当に道に迷いやすいです。

一人でやると、成功体験すらマイナスになります。

導いてくれる指導者の先生が絶対に必要だと思います。

瞑想には軌道修正が必要です。

自分だけの考えだけでやると、道を外れ一人で頑張れば頑張るほど道に迷います。

まるで富士の樹海に入り込んだように。


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