2018年08月30日

瞑想トランス状態に入るコツ 無防備になれ、断捨離の無防備が瞑想を覚醒させる

瞑想や座禅をやると、抵抗にあいます。

この抵抗は自分の心に他なりません。

外では常に音がなっていますし、部屋では小さなLED電球など光害があり、冷蔵庫の音、エアコンの音、換気扇の音が鳴っています。

しかし、自分の心がそれを抵抗とみなした時、すべてが雑念となって襲ってきます。

この抵抗に、普通は防衛策を私達は講じます。

そして尽きぬ雑念との戦い、自意識との戦い、音や光との戦い、集中力の戦いに入り、無毛な戦になっていくのです。

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瞑想に深く入ることは無防備になることです。

すべてのことに対して防衛してはいけません。

受け入れろと言われるのはそういうことです。

意識して、邪魔者、抵抗勢力を何とか排除することに躍起になると、たちまち頭が重くなっていきます。

これでは瞑想の効果を感じることなど永遠に不可能です。



自分を守ることを放棄して下さい。

それによって、不毛な戦いの中で浪費してきたエネルギーを取り戻すことができます。

抵抗に対して受け流して下さい。

柳のように。

無理に努力して頑張って抵抗すると、ポッキリと心が折れるでしょう。

暴風雨に対して、しなやかさがないからです。



緩みが瞑想を深めてくれます。

そのためには無防備になること、断捨離をすることです。

守る自分を捨てて下さい。

意図を捨てて下さい。

欲求も捨てて下さい。

これらを守ると、抵抗が増します。

摩擦がひどくなります。



すべての力みが抜けて、尽きない抵抗をしなやかに受け流せた時、明らかに流れが変わっていくことに気づきます。

それもそのまま受け流して、受け身になって感じるだけです。

あとは一体となって、溶け込んで、その流れとリズムに乗って下さい。

こうなると、もう楽です。

気楽で、安楽で、楽しく、瞑想の世界を存分に味あえます。

とても幸せで、心地よく、本当に瞑想がすごいと思うことでしょう。



すべての雑念や抵抗から無防備宣言を出して、武器も捨てて、切り抜けるための努力も捨てて、瞑想や座禅に励んで下さい。

2018年08月29日

深い瞑想に入るコツ 雑念への対処法 雑念があっても瞑想トランス状態に覚醒できます

深い瞑想状態に入るコツと雑念対処法

いつのまにか瞑想がうまくできなくなっていませんか?

前はある程度無心にできたというのに、雑念が邪魔をしてうまく瞑想ができないと思っていませんか?

雑念は瞑想をやる人間にとって、悪友です。

では悪友にどう対応すればいいのでしょうか?



雑念は邪魔者だという考えは捨てて下さい。

雑念があるから深い瞑想状態に入れないと嘆いていたら、ますます雑念のパワーと価値が膨らんでいきます。

雑念があって当たり前、空気のように思えていると、雑念は逆に瞑想をする集中力を高めてくれる、貴重な燃料源になります。

そして、雑念があっても、深い瞑想状態に入り、瞑想トランス状態へと覚醒していけます。

だから、安心して雑念があるまま、マントラを唱えたり黙想なりヨガなり座禅なり呼吸法を続けて下さい。

雑念は大歓迎です。



もし雑念があるから集中力が削がれ、瞑想ができないと投げているのならば、それは大間違いです。

雑念があっても、とても心地よい最高の精神状態になれます。

深い瞑想に入れるコツは、雑念があるままで全然大丈夫だと知ることです。

むしろ雑念ゼロで瞑想ができたら、それは超天才か、よほどのお馬鹿さんでしょう。

そんなことは普通はありません。

雑念が全くなくなった状態になることは理想ですが、雑念無しで瞑想をやると、一生理想の瞑想には入れません。

雑念があるからこそ瞑想が光り輝くのです。


一度雑念がある中でも、無理にはねのけないで、雑念のあるがまま、瞑想をやって下さい。

そして、こう信じておいて下さい。

『雑念があっても、イライラするどころか気持ちよくなれる』

この考えをしっかり持った前提で瞑想をやって下さい。

雑念が浮かんで襲ってきても、それがある限り戦う必要がなくなります。



それでも瞑想状態に深く入れるようになりますから、安心して下さい。

そう自分に言い聞かせて下さい。

雑念に付き合わない方法がわかっていきます。

受け流せるようになり、どこか片隅にいてもらうことができるようになります。

そして、雑念があっても深い瞑想状態に入った時、『雑念は瞑想のエッセンス』だと悟ります。

雑念があるから究極の集中があるのです。

究極の集中がどんどんできていくと同時に、瞑想トランス状態がガンガン深まっていきます。

雑念のおかげです。

雑念がある自分だから、瞑想もうまくいくのです。


2018年08月28日

瞑想でトランス状態(覚醒瞑想状態)に入るコツ

瞑想のコツは瞑想を妨げる要素を知ること

瞑想でトランス状態(覚醒瞑想状態)に入ることは、普通にやっていたら到達できません。

普通とは、『不必要な努力、理性、意図、力み、強制的な集中力』のことです。


瞑想や座禅やヨガでもいいですが、確かに努力というものは必要です。

努力があるからこそ、集中しようとし、雑念を排除し、トランス状態に入ろうとします。

そもそも努力をしないとなると、瞑想や座禅をすることはないでしょう。
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最小限の努力、それ以上の努力は瞑想に必要ない


つまり瞑想を始めた時点で、普通の努力は達成しているものと思って下さい。

それ以上の努力は不必要な努力になります。

この努力が瞑想をトランス状態に入ることを妨げる原因となります。


最小限の努力でいいのです。

意図的なものも「さあ、瞑想をやるぞ」で達成していますから、捨ててください。

理性も入りません。

瞑想に理性はすべて邪魔になりますし、雑念を運んできます

集中力はたしかに必要ですが、強制的に自分に集中力を持たせることは、下手をすると雑念に固着することになります。

自然の集中力が一番です。



自然に気楽に、努力なしだからこそ、トランス状態に入れる

瞑想のコツは、まさに最小限の努力です。

つまり自然です。無為自然です。

神秘的な、そして奇跡的な瞑想状態を体験した人はわかると思いますが、うまくいった時、努力なしに、楽に、安易に、自然の法則に乗っかるだけで、最高の結果をもたらしたと思います。

本当に楽で、自然です。



世の中の自然法則も、最小限の努力で動いていることがわかります。

草木は育とうと思わずに、ひたすら成長します。

水は高いところから低いところにただ流れているだけです。

花は咲こうとせずに咲きます。

地球も惑星も公転しよう、自転しようと思っているのではなく、ただ回っています。



原点回帰。成長するに従って知恵と理性をつける大人脳を破壊

そして人間も、生まれたての赤ん坊は泣こうと思って泣いて出てくるのではありません。

ただ泣いているだけです。

しかし、その赤ん坊もどんどん知恵をつけます。

ここで泣いたら、お母さんとお父さんが構ってくれると学びます。

そして大人になった時には、常に意図的に、理性を使って、いつも見返りを得ようと知恵を張り巡らせています。



瞑想のコツは、最小の努力に戻ることです。

生まれたての赤ん坊のごとく、草木や水のごとく、ただ自然に最小限の努力で瞑想を行って下さい。

そのリズムと流れに乗れた時、瞑想に奇跡が起きます。

奇跡とはトランス状態です。

トランス状態になったら、自分で制限せず、さらに自然に任せて下さい。

そこからもっと別次元の深さが出現します。

戻ってこられますので、安心して下さい。

ただ自分の脳内にトリップしているだけです。

身構えることなく、判断や状況をチェックすることなく、あるがままでいてください。

ただ受動的に感じて下さい。




posted by 寺島サンガ at 22:44 | Comment(0) | 座禅瞑想を極める方法
2018年08月27日

瞑想の本、座禅や悟りの本、精神世界の本…これらはあなたに期待を与えるが変えてくれはしない

本には素晴らしいことが書いてあるが、本は本でしかない

瞑想の本、座禅の本、密教やインド哲学の本、精神世界の本…沢山の本が溢れています。

これらを読むと、どれもすごいことが書かれてあり、とても期待してしまいます。

私も本を読むのが好きで、読んでいる間中、とても心が熱くなったり、浮かれていたものでした。

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しかし、こういった本は、期待を与えてくれて、本を読んで良かったと思うものの、人生を変えてくれはしません。

本は、あなたの心、感情、感覚に触れてくれたりしなければ、あなたを動かしてくれるものでもありません。

本に書かれてある教義や瞑想・精神世界の法則は、生きていません。

瞑想を実践的にやっている人たちから比べれば、瞑想の本は死んでいると言ってもいいです。


幻想と憧れだけでは、人生は変わらない

死んだ本でも、私達読み手の気持ちを浮き立たせてくれるのは、私達の想像力があるからです。

「あんなこといいな、できたらいいな」とイメージが膨らみ、理想という夢を描いていられるうちは、現実逃避にもなります。

輝かしい瞑想で得られるであろう想像上の効果は、現実を知らないからこそ、私達を前向きにしてくれます。

一瞬の前向きな気持でも、何もないよりもマシですし、本はたくさん読んだほうがいいに決まっています。


しかし、本で学んだ知識を心でわかるためには、実践あるのみです。

瞑想の本、精神世界について書かれた本を我がものとするためには、実際に瞑想をするしかありません。

本だけでわかって気になることほどもったいないことはありません。


しかし、瞑想を実際にやることはとてもつらいことです。

気がのらない時もあります。

瞑想をやらない理由を作って、いつも本だけを読んでわかった気になる人も多いでしょう。


わかったつもりになっている人が一番わかっていない


私がそうでしたから。

瞑想をやりたいけれど、やりたくない気持ちがありました。

今考えると、瞑想に取り組んだ時の効果のなさを知ることが怖かったのだろうと思います。

雑念だらけで座禅もうまくいかない人間でしたら、様々な瞑想法を試したい気持ちはありましたが、自分が何をやってもダメだということを悟ることが嫌だったのだろうと思います。

だから、本をたくさん読んで瞑想に幻想を抱いている方が、遥かに幸せだと思っていたのでしょう。

こんな甘い人間でしたら、当然瞑想をいざやり始めても、常に不安がありました。



かなり頭でっかちになっていました。

しかし、瞑想は何といっても実践してこそだと思います。

瞑想をやってなんにも変化が生まれなかったら? なんて考えて瞑想をしない人間は、瞑想以外でも、人生でできない理由をつけて、何もしないで歳をとっていくでしょう。

しかし、瞑想に切れ込んでみて下さい。

苦しい思いをするかもしれませんが、それを乗り越えた人間が、瞑想によって人生を変えることができます。

瞑想に切れ込んでみてわかったことは、瞑想の本で書かれてあることは、実際に可能です。

嘘は一つも書いていません。

瞑想を我がものとするために、個々でもどこでもそうですが、勇気が必要です。

瞑想は現実を教えてくれる。そして壁を突破させてくれる


瞑想をしててんで駄目な自分に気づくことも必要です。

雑念やこずるい知恵だけの自分。

集中力がない自分。

きついことから逃避してしまう自分。

これらが実際にわかりますし、自分の小ささに落ち込むこともあるでしょうが、だからこそやり続けて壁を乗り越えて下さい。

それが自分を大きく変える唯一の道です。


瞑想の本、精神世界の本といったものは、現実の厳しさを教えてくれはしません。

そのくせ知識だけ増えて、わかった気になります。

そんな小さい人間のままでいたいでしょうか?


2018年08月19日

瞑想を極める! 瞑想の仕方を知る前に瞑想とは何か? 効果を得るために必要なことを考える

瞑想を言うと、瞑想法のことを考えてしまうものです。
つまり、型から瞑想をとらえようとしてしまうのです。

しかし、瞑想とは自然発生的に起きる何かです。
瞑想とは瞑想状態のことであり、瞑想状態とは変性意識状態のことであり、トランス状態のことです。

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瞑想は瞑想状態に深く入って初めて、瞑想足りうるのです。
瞑想状態には、瞑想法を様々な形でやっても、必ずしも入れるとは限りません。

瞑想とは何もしていない無為自然な時、そして無念無想の境地にある時、生じてくるものです。
決して瞑想法(瞑想の仕方)のことを考えたら、効果を一生感じることはないでしょう。

瞑想法は瞑想そのものではないことは覚えておいて下さい。
どんな瞑想法のテクニックも型も、あなたを神秘的な瞑想の効果へ導いてくれることはありません。


しつこいくらいに書きましたが、意図的なものではなく、自然発生的にこちらが受け身になったときにだけ、瞑想になるわけです。
そこに意図も情熱も賢い知恵も我慢も必要ありません。

瞑想状態に深く入るためには、それらを捨て去ることです。
そのコツを掴んだ時、体の芯が抜けていくことがわかるはずです。
ただ事象を受け入れるだけの、とても楽な状態です。

雑念すら受け流せてしまうほどの緩みのなかで漂うだけで、自然発生的に瞑想状態が深まっていきます。
それをただ感じて待つだけでいいのです。


瞑想を難しく考えたら負けです。
世界には多くの瞑想の種類が存在しますが、型ばかりこだわっている瞑想法や瞑想教室には距離をおいたほうがいいです。
それしか他の瞑想教室と差別化を測れないから、細かい作法について指導されるのであって、本当の瞑想はもっと自由で、楽で、楽しいものです。


瞑想を極めた人がいたのならば、それは必ず根性や気合や努力の末つかんだものではないでしょう。
最初は頑張って頑張って頑張り抜いた挙げ句、その無駄を悟り、これまで自分が頼ってきたものを捨て去った時、はじめて瞑想とは楽なものだと、瞑想の仕方だの効果を求めることなど、どうでも良くなった人にだけ、真の瞑想状態が自然と漂ってきます。
あとはその波にひたすらのっかっていけばいいだけです。


2018年08月16日

瞑想や座禅の効果を最大限発揮する秘訣とは。瞑想トランス状態に至らせる沈黙、静寂、純粋

悟りを開く条件とは? そして座禅や瞑想が最高にうまくいく秘訣とは?

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座禅や瞑想を思い浮かべるとまず第一に、「静寂」「沈黙」「純粋」といったキーワードが出てくる人は多いと思います。

この忙しない世の中で、大多数の人がストレスや重圧から心身を消耗しながら生きています。

自分の理性に縛られ、やりたいことを制限し、社会の制約の中で自由に生きられない現実があります。

そんな疲れた人にとって、座禅や瞑想、あるいはヨガやマインドフルネス、またスピリチュアルなどの精神世界がとても魅力的に感じます。

生きやすい自分に生まれ変わらせてくれる期待を持ちます。

これらは効果がまったくないものもありますし、相性がピッタリと合えば、心の底から癒やされて生きる活力を取り戻す効果を与えてくれますが、効果を上げるためには、自分の精神面と身体面を「静寂」「沈黙」「純粋さ」にどっぷり浸らせなければなりません。




静かな環境でやるという意味ではなく(雑踏の中でも実は瞑想も座禅もできます)、己の内面を静寂と純粋と沈黙の中に突入させなければ、効果が出ません。

これらの障害となるものが、己の雑念です。

瞑想や座禅に少しでも取り組んだ人ならわかると思いますが、雑念があるからいつまでたっても、深い瞑想状態に入れないのです。

一度うまく行っても、次にはまた別の雑念に支配されてしまうのです。



あらゆる人間にとって、純粋さは必要不可欠なことです。

純粋なあらゆるものが削ぎ落とされ、リセットされた意識こそが、本来あなたが有している創造性、直感力、集中力、本能力をフルに発揮させてくれるのです。

逆に言いますと、これらの脳力を発揮したいのならば、瞑想や座禅によって、純粋な己の意識にアクセスしなければなりません。

そこには判断をする心、期待する心、捨てられない心、緊張する心、欲望の心を一旦捨てなければなりません。

捨ててこそ拾う神あり。

そこから瞑想トランス状態という、純粋で静寂で研ぎ澄まされた意識の世界に入れるようになるのです。

私も捨てることを覚えてから、急激に座禅や瞑想や呼吸法がうまくいくようになりました。

そして、純粋で研ぎ澄まされた沈黙と静寂の中に身を置くことに成功したとき、涙が溢れて止まりませんでした。




しかし、沈黙や静寂を作ろうとしても、そこに意識の負荷がかかると、雑念の悪魔に襲われるだけです。

沈黙や静寂とはただ「在る」ことに身も心も浸すことです。

刺激的なものからも心身を話さなければなりません。

日常の五感の使用をシャットアウトすることから、深い瞑想状態は始まります。

刺激や欲望から離れられずに、己を瞑想トランス状態で自分の内面と対峙しようとしても、決してそこには至らず、騒々しい雑念と戦う羽目になります。

雑念には勝てません。

雑念を捨てようとしても、捨てようとする心が雑念になります。

雑念が消えないのに消そうとすることを繰り返しても、堂々巡りで頭が疲弊していきます。

だから修業が必要です。

スマホやテレビやインターネットやゲームから距離を置く時間を作るべきです。

そして毎日座禅や瞑想に取り組む時間を作ることです。

時間がなくて多忙な人でも、それでも作ってみてください。

そして、その時間で何かをなそうと変な期待をしないことです。

効果を期待しないことから、効果が生まれてくるものです。



もしくは誘導される瞑想法により、脳に本当の静寂やリセットされた純粋な感覚を味合わせることも一つの手です。



私達の心はあまりにストレスフルでプレッシャーばかりで、心配ごと、不安ごとに消耗しながら生きています。

あまりに情報過多な時代に生きてきて、脳の処理が追いついていません。

そこの悪い流れを断ち切るには、沈黙、静寂さを脳に教えてあげることです。

そして純粋な脳を取り戻せたとき、本当の能力が発揮されるでしょう。

純粋こそ悟りです。
posted by 寺島サンガ at 00:43 | Comment(0) | 座禅瞑想坊主の自己紹介
2018年08月12日

世界の瞑想法の紹介 どの瞑想法が一番効果的でおすすめなのでしょうか?

本能と理性と知恵 瞑想・座禅の効果が出ない原因

世界の瞑想法、瞑想法の種類

世界には瞑想法がたくさんあり、広い意味での「瞑想」を捉えると、ヨガやスピリチュアルや気功や自己啓発方法やシャーマニズム、イスラム教やキリスト教にも「瞑想」はあります。

その中から代表的な瞑想法を紹介していきます。

  • マインドフルネス瞑想
  • TM瞑想(超越瞑想)
  • ヴィパッサナー瞑想
  • 誘導式覚醒瞑想
  • 座禅瞑想
  • ヤントラ瞑想
  • 呼吸法瞑想
  • イメージ瞑想
  • 阿字観瞑想
  • 慈悲の瞑想
  • 気功瞑想

また瞑想を行う時の型みたいなものがあり、
  • 集中する瞑想法
  • イメージする瞑想法
  • 誘導される瞑想法
  • 気をコントロールする瞑想法
  • あるがままの瞑想法

などに分けられると思います。

2つに分けると、自力の呼吸法やイメージによって瞑想状態に入ろうとする瞑想法と、誘導されて瞑想状態に入る方法になります。

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ただしシャーマンや怪しげなグルや指導者が、麻薬系や脱法ドラッグや幻覚作用のある植物系を与えて、トランス状態にトリップさせてやらせる瞑想法は、ここでは瞑想とは扱いません。

瞑想とはあくまで己のイメージ、呼吸法、感覚一つでやるものだと私は思っているからです。
ドラッグや幻覚剤に頼って、脳が変性意識状態やトランス状態に突入しましても、それは自分の力ではないし、楽にトリップできるため、その人は次から依存します。
この依存が脳を破壊し、人生が破綻していくのです。
なおさら心に悩みを抱える人は、逃避行動として依存しやすいのです。

もしも世界の様々な瞑想法に興味があり、興味本位で幻覚作用のあるものを服用して行う「瞑想法」があったら、絶対に受けないほうがいいと思います。

瞑想法は瞑想状態になることは効果を感じるためにも必須ですが、本末転倒に薬物や幻覚作用のあるものを服用して瞑想状態に入ろうとするのは悲惨な結果を招きます。

では、世界の瞑想法の紹介をしていきたいと思います。

マインドフルネス瞑想


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仏教由来の瞑想法から、宗教的要素を除外した瞑想法。新しい瞑想の形と言える。
現在という瞬間に注意を向け、そこに解釈、状況判断、効果の評価を入れずに、ただあるがまま受け入れることを目指す瞑想法です。
グーグルやゴールドマン・サックスやP&Gなど大企業がマインドフルネスを、社員のために受けさせている。

新しいムーブメントですが、マインドフルネス瞑想の効果は、あくまで社員のストレス軽減、モチベーション向上、集中力向上のどこでもやっている効果のレベルで、特筆すべき突き抜けた効果は期待しないほうがいい。
自分を大きく変え、人生をも大きく飛躍させるものではない。



TM瞑想(超越瞑想)

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ビートルズのメンバーもマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの元で、この瞑想を行ったことで有名。
現在も一流経営者やハリウッドのセレブたちの間で広まっている。
とてもシンプルであり、万人向けと言える。
どこでも気軽にできるため、多忙な人でも超越瞑想(TM瞑想)をやっている人は多い。

世界に沢山超越瞑想を行っているところがあり、やり方も標準化されているため、一番取り組みやすい瞑想法と言える。

心身を深く緩めさせ、蓄積されているストレスを軽減する効果、睡眠以上の深い安らぎ、集中力や記憶力向上、学習能率のアップ、充足感などの効果があるとされ、科学的にそれは立証されているとのこと。

クリント・イーストウッド、デヴィッド・リンチ、ヒュー・ジャックマン、キャメロン・ディアスなどが超越瞑想を行っています。

多くの有名人を虜にしていることからも素晴らしいものがあります。
超越瞑想は世界でもっと広く広がっているため、これが現在の瞑想法のスタンダードかもしれません。

ただし、それは瞑想の限界=超越瞑想の限界とも言えることで、超越瞑想をかじっても長続きしない人も多いです。
効果も常識の範囲を大きく超えるものではありません(瞑想の可能性は無限なので、有限を味わってしまう瞑想法とも言えます)

ヴィパッサナー瞑想


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インドで最も古いとされる瞑想法。ブッダ由来の瞑想法ですが、途中で分断されています。しかしミャンマー(ビルマ)で残存しており、それをもとに世界に普及していきました。
「あるがまま、簡単明瞭に、観察する、内なる目で物事を見る」というのがヴィパッサナーという言葉の由来です。

森羅万象を客観的に冷静に見やって、判断することも解釈することもなく、ひたすら浮かんできた感覚と感情を噛みしめること。心の動き、内なるリズムを体感し続けることから「洞察の瞑想」と言われている。
インドでは最もポピュラーな瞑想法で、学校や様々な施設でヴィパッサナー瞑想を行っている。

結局はヒーリングや癒やしとしての効果の範疇を出ていないように思います。
インド最古、ブッダ由来のヴィパッサナー瞑想なので、とても神秘的に感じます。
とはいえミャンマーからインドに40年前に逆輸入され、インドにおける歴史は古いようで新しい瞑想法です。

合宿を行っており、何時間も何日間も隔離された空間で瞑想を行うため非常に辛いものがありますが、徹底的に外部や他者との接触が禁じられています。
よく瞑想の魔境に入り、発狂したかのような叫び声を上げたり、精神的に錯乱する人も出ますが、これはヴィパッサナー瞑想や瞑想法そのものが危険だというわけではありません。

そういう人は、何をやっても心の抑圧が出てきて、解消されないままその悪い感情に飲み込まれるため、別の心を見つめる作業をしても、同じことが起きます。




誘導式覚醒瞑想


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一般に瞑想法の多くはイメージ瞑想、呼吸法瞑想、あるがままに受け入れる瞑想のやり方がほとんど。
『覚醒瞑想(脳覚醒瞑想)』は施術者に誘導され、どの瞑想法よりも脳に深いトランス状態を覚えさせ、そこから呼吸法やイメージで瞑想状態を深めていく。
従来の瞑想法が1を積み重ねていくが、覚醒瞑想は最初から100の深い瞑想状態を味わうことができ、そこから更に深化させていく。
だから瞑想状態、変性意識状態、催眠状態に入ったことがない人でも誰でも瞬間的に味わったことがない別世界の意識の流れを体験できる。
ただし、訓練をしないとその余韻と持続時間は短く、インパクトだけを脳が覚えやすい。
そのため、家での訓練が必要になる(一日1時間)。やらないとそれでも深い瞑想状態に入っていけるものの、効果を早く深く発揮したい人には、訓練は必須となる。

家での訓練はトランスストレッチ法、トランス呼吸法を使う。
体が緩んでいて、脳が緩みを知っている人は、まさに脳が覚醒する状態になる。
ネガティブな感情の抑圧を解放でき、トラウマへの解釈を変えや執着を外すことでき、自律神経のバランスが整っていく。
脳の自然治癒作用がトランス状態化で働き、劇的に深い瞑想状態を味わうだけで、悩みが解消していく。
また極度の集中力が増したり、オーディションや本番時の覚醒した脳での力量発揮、多幸感や恍惚感の体験、インスピレーションの発現など、まさに深い瞑想状態に入れることが正義だと思える体感ができる。

岩波英知氏が生み出した脳覚醒誘導技術による覚醒瞑想法。
脳が脳覚醒状態を覚えていると、呼吸法で自力再生しやすくなり、自力瞑想法に転換もできる。

欠点として、施術を受ける時にちょっと恐怖感(未知の世界への突入への防衛本能)があることと、誘導施術できる人がこの世の一人しかいないため、予約が取りにくい欠点がある。
が、集団で行うため、他の人も多くが深い瞑想状態、トランス状態に入っているのがわかるため、自分の進歩度合いが測りやすい。

本当に深い瞑想状態の何たるかを身を持って知ることができます。



座禅瞑想


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おなじみの瞑想法。禅の修行法の一種。そもそも座禅と瞑想を混同しやすいが、別々の概念だという(私は別に同一でも構わないと思っています)。
なお座禅ではなく、立禅、歩行禅、経行、動禅といった禅の修行法もあり。
臨済宗や曹洞宗とでは、座禅への理論が違っており対立をしている。

一般的な座禅瞑想観は、精神修行、精神鍛錬のために、寺で僧監視のもと座禅を行うものだと認識されている。
座禅はどこでもできるものだが、お寺で環境を変えて座禅を行ったほうが、雰囲気、モチベーション、甘えの排除、自分と向き合える環境になるため、効率がいい。

ただし僧が座禅を深めるために何かをするわけでもないし、できるわけでもない。
できるのは別の考えにとらわれている座禅参加者の心をリセットさせるために警策を与えることだけだ(警策とは肩や背中を棒で打つこと)。
私も僧であるが、警策を与えるお坊さん自身が、みんな座禅や瞑想で深い瞑想状態に入れているわけではない。
あくまで自分で瞑想状態に入っていかなければならない。

座禅のいいところは、日常や社会生活というせわしない時間の流れから隔離され、静寂な時間と自分と向き合う場所が提供されることにある。
いわば転地療法的な効果がある。
が、日常や社会生活に戻った時、一瞬の心のリラックスをもたらすことができるものの、心身がすり減る環境にある人は、その効果が長続きしにくい。

日本の禅は海外でも高く評価されており、宿坊という座禅や写経などしながら寺に泊まれるサービスも増えている。
しかし宿泊者は、お寺に泊まっていることは絶対に忘れてはならない。
宿坊は様々なサービスを提供するが決してサービス業ではない。






呼吸法瞑想


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呼吸法瞑想は呼吸法により変性意識に入り、瞑想状態と似た効果を得る方法だ。
呼吸法は心身にとても良い影響を与えることができる。
非常にいい呼吸法ができるようになると、イメージや気のコントロールよりも遥かに直接的に自分の心身に好影響を与えられるようになる。

呼吸法は、しかし呼吸法をやろうとする己と、呼吸法による感覚受容に徹する己の2つを同時にやらなければならない欠点もある。
これは修行を積めば、受動性の呼吸法になることも可能だが、どうしても頑張ってしまうと逆効果になりやすい。
しかし、呼吸法をやった量だけ、後の効果につながる量の蓄積は必ず達成されている。
問題は、その効果をついに発露させる前に、効果なしとして諦めてしまう人がほとんどだ。

呼吸法を極めたら、人生の多幸感を与えてくれる脳内麻薬は出るし、そのため麻酔無しでの手術も可能になる。


イメージ瞑想


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イメージ(想像力)によって瞑想状態に入る。
とはいえ、他の自力瞑想法と同じだが、雑念が大きく邪魔をする。
イメージがうまくいくときは例外なく雑念がないときであるから、雑念をなくそうと努力をしてしまう欠点がある。
雑念は無くす行為そのものが雑念を強化しやすい性質がある。
そしてリラックスしているときほどイメージしやすい。
だが、ストレスがあったり緊張状態が仕事や人間関係で続けている人が、リラックスしているイメージを作りにくい。
そういう意味では、調子に乗るまでがとても難しいものがある。
我慢も必要だが、我慢そのものも緊張状態を作り出し、イメージしにくい自分に変えてしまう。

感受性と想像力の高い人は、イメージ一つで瞑想状態に入れる。
イメージは理性を使ってはなれないため、修業が必要だ。


阿字観瞑想

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真言密教の瞑想法。高野山から始まった瞑想法。
座禅のように警策で叩かれることもなく、サンスクリット語の『阿』という文字を見ながら行う。

座禅瞑想と同じように転地療法的な効果がある。


慈悲の瞑想


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上座部仏教における瞑想法の一種。
己も、親しい存在の人も、生きとし生けるものすべてが、そして自分が嫌いな人も自分を嫌っている人ですら、
・幸せになるように
・悩みや苦しみから解放されるように
・願望が実現するように
と何度も繰り返します。暗唱でより。

これはスピリチュアル的な引き寄せの法則に通じるものがある。
自分から発する慈悲と慈愛のエネルギーが、あらゆる人々に等しく届くように発するといいでしょう。

とても心が浄化されそうだが、手ぬるい、甘い、気休めと捉える人にとっては、毛色が違うでしょう。


サマタ瞑想


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ヴィパッサナー瞑想の一種として捉えられているが、ヴィパッサナー瞑想が「物事をありのまま受け入れて観る気づくための瞑想」に対して、自分の肉体や心の状態を客観視して観ることで気づきが生まれるという瞑想。
集中力を養う瞑想法と呼ばれ、日本で瞑想法というイメージは、このサマタ瞑想から来ていることが多いそうです。

サマタ瞑想からヴィパッサナー瞑想への流れが理想的とされています。

様々な瞑想法に触れるよりも、いかに瞑想状態に深く入れるかの方が大事


世界の瞑想法を紹介してきましたが、どんな瞑想法をやるにしても、瞑想状態に入らなければ意味がありません。
瞑想をすることそのものが効果そのものだという解釈もできますが、瞑想のとんでもない可能性から見ると、それはもったいないことですし、瞑想の可能性を貶めていることでもあります

瞑想状態に入れない瞑想法に意味はありません。
瞑想状態とは変性意識状態のことであり、私の解釈では更に深くなった状態にトランス状態、そして脳覚醒状態へと深まっていきます。
凄みも増してきます。

瞑想状態に入れたとしても、それは浅いものであれば、その効果は運動で気持ちいい汗をかいた以下の効果しかない場合もあります。
つまり他で代用のきく瞑想状態でも意味がないのです。

寺島サンガ
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posted by 寺島サンガ at 15:44 | Comment(0) | 世界の瞑想法の紹介とおすすめ瞑想法
2018年08月09日

変性意識状態の可能性 瞑想、座禅で変性意識にならなければ意味はない。簡単に変性意識状態に入る方法

瞑想、座禅、ヨガ、スピリチュアル、行、修験道────これらに共通している目的があります。
変性意識状態に入ることです。
変性意識状態に入れない瞑想や座禅に意味はありません。
こう断言してもいいほど、変性意識状態、トランス状態に入れるかどうかが、大きな効果を上げる鍵となります。

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そもそも変性意識状態とはどんな状態のことでしょうか?

普通の意識の状態で私達は暮らしていますが、さらに深い意識も私達は有しております。
いわゆる潜在意識や無意識と呼ばれるものも、常に作動し、顕在意識よりも遥かに強大なエネルギーを有して、私達の普段の意識にも知らず知らず影響を与えています。

変性意識状態とは、潜在意識や無意識が『意識化』した状態です。
非理性的であり、感情的で、非常に感覚的で、言語化できない人間の原始的な最もコアの意識の流れです。
これが、瞑想や座禅で効果を上げるために必要な深い意識の状態なのです。


変性意識状態が極度に深まると、宇宙と一体化した感覚、万物とつながり共有したかのような感覚、全知全能感、インスピレーションが巻き起こる状態、強烈な至福感や恍惚感など様々な体験バージョンがあります。
変性意識状態に入った人間は、世界観が一変したり、悩んでいたものが消失していったり、ストレスがごっそり抜け落ちて自由で解放されたメンタルを手に入れたり、深い気づきを得たり、悟りに至ったりします。


変性意識状態にも様々な種類があり、ウトウトとした状態やほんのりとリラックスした状態も広義の意味であてはまります。
しかし、それは低い次元の変性意識であり、自分を変えられません。
もしも瞑想や座禅に励み、いつまでもそのレベルの変性意識しか味わえないようでしたら、ストレス解消法になるとはいえ、運動をして汗を流したり温泉に入ってくつろぐぐらいのレベルにいるということです。

瞑想や座禅の効果は、そんな日常レベルを遥かに超越したものをもたらしてくれますので、そのレベルでいつまでもとどまっていることはもったいないことだと思います。
本物の変性意識状態は上に書いてように人生を変えることができる深い意識状態です。


春山茂雄著作の「脳内革命」も変性意識状態を扱っていますが、低レベルの意味の変性意識の話であり、脳内革命を題するほどのことはありません。
誇大タイトルですね。

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変性意識状態に入れない瞑想法や座禅に意味はありません。
ちょっとしたストレス解消にはなりますし、自分と向き合う行為はたしかに大事ですが、それらは瞑想や座禅でなくても達成できます。
どうせ瞑想や座禅の世界に興味を持って、実際にやられているのであれば、とことん深い意識状態になって、自分をより高め、人生をより良きものに変えて、悩みから解放された自由な存在になりましょう!


瞑想や座禅の効果はすごいです。
残念なのは、その効果の凄さをほとんどの人が知らないことです。
本を読んだり指導者に教わって、知識ではどんな効果があるのか知っていますし、だからやるのです。
しかし、現実化しなくては意味がありません。


そして厄介なことに、変性意識状態は自ら入ろうとして入れる類のものではありません。
変性意識になろうという行為自体、浅い意識レベルでやってしまうため、メンタルブロックを自らしてしまうのです(潜在意識を顕在化することを人間の理性は恐れるため)。
そもそもどうやったら変性意識状態に入れるかわからないため、道に迷うだけです。

だから瞑想や座禅は難しいのです。
瞑想が進化しない理由はそこにあります。
だから、瞑想を諦めてしまう人は多いのです。
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実は変性意識状態に簡単に入れる方法があります。
有能な瞑想指導者に誘導される方法です。
といっても、ほとんどすべての指導者は言葉だけで誘導せざるを得ません。
またはひたすら踊らせて、叫ばせて変性意識状態に誘導しようとします。
いや、怖い話、狭く暗い部屋に監禁して、カルト教団のように洗脳するために変性意識状態を無理やり極限状態で作ろうとします(オウム真理教など)。

そんなくだらないことや意味がないことではなくても、誰でも簡単に変性意識状態に一気に深く誘導できる人がいます。

世界広しといえども、岩波英知先生の誘導瞑想法(脳覚醒技術)なら、私のような愚鈍で座禅瞑想の落ちこぼれでも、変性意識状態の極致に入れました。

その体験談をこちら↓

深い変性意識状態を味わった脳は、一生忘れません。
それを一人のときでも、呼吸法や瞑想法でその感覚を再現できるようになります(求めない心が必須ですが)。
この時点で、一度も変性意識のなんたるかを味わっていない人の何万倍も有利です。

ただ感じるだけで、どんどん浅い変性意識から入り、どんどんと深まり、悟れる意識レベルにまで到達していきます。

変性意識状態に入れない瞑想や座禅を人生をかけてやり続けてももったいないだけです。

posted by 寺島サンガ at 10:37 | Comment(0) | 覚醒瞑想トランス体験のえらい効果
2018年08月04日

瞑想とは無になること。されど無と静寂を求めるな 〜瞑想トランスへ覚醒する方法

瞑想や座禅をして無になった人もいると思います。
無になかなかなれず四苦八苦している人も多いと思います。

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人間とは常に外界の影響を受けやすく、心をとらわれやすい生き物です。
そして、自分の内面にも囚われます。
過去、現在の不安、将来の心配に心をかき乱され、集中できないまま無になれない自分を責めて、瞑想を台無しにしてしまいます。

瞑想の理想は無になることとはいえ、そこを終着点にしてしまうと、このように心をかき乱されて、精神統一なんて程遠く、集中力がなさにイライラし、瞑想や座禅をすることに拒否感を持ってしまいます。
せっかく瞑想や座禅は素晴らしいものですが、無意識的に拒否反応が起きたら、いくら瞑想をやっても効果なんて出るわけがありません。

無や静寂は、勝手に向こうから降りてくるものです。
それまで待つことです。
待つことは覚悟がいります。
そして外界や内面から自分の心をかき乱す悪条件も襲ってきます。
それすら受け入れてしまってください。

受け入れられない人は、ますますそこに執着し、心が焦るでしょう。
あちらからやってきた無や静寂は本物です。
自分で作ったものは偽物だと思ってください(そもそもそうなれないのですが)。

明らかに違う流れの中に自分がいるとわかるでしょう。
それまでは悪条件を受け入れ、呼吸法なり瞑想をやってください。
期待してはだめです。
ここで理性や知恵(頭や思考)を使うと、偽物の瞑想になります。

深い深い静寂と無の中で、ただ漂い、全て身を投げだしてください。
決して育もうとしないことです。
あちらが勝手に育まれるだけです。

そうすると、さらに別次元の深さへと瞑想トランス状態が進化していくでしょう。
そう、ひたすら体感し、受け入れ、受け身になることだけです。



もしもそれでも難しいと思ったり、とにかく効率的に瞑想や座禅を深めたいという人は、Dream Art Laboratoryの岩波先生の誘導覚醒瞑想法をおすすめします。
これはひたすら受け身でいられることと、脳の別次元の扉を開かせる施術によって、脳に決定的な瞑想トランス体験を味合わせることができるからです。

そこに努力はいりませんし、脳内で起きたことをひたすら感じるだけで、あとは自力での瞑想や座禅の時、深いイメージを引っ張り出せるようになります。
無や静寂が降りてくるのを待つだけで、これまでとは違ったありえない深い瞑想トランスを味わえるようになるでしょう。
(ここでも待つだけでいいです。求めないことがコツです。しかし待っていれば確実に深まるため、楽にやればいいだけ)



瞑想や座禅をする時、自己を信頼してください。
自分で無や静寂を作るのではなく、無や静寂がいずれやってくる自分を信頼するのです。
待っているだけでいい。
様々な悪条件が襲ってきても受け入れるだけでいい。
赤ん坊をあやすがごとく。
その覚悟を持てた人間だけが、本物の静寂に包まれ、真の無を体験できるのです。

posted by 寺島サンガ at 12:53 | Comment(0) | 座禅瞑想坊主の自己紹介
2018年08月01日

瞑想が覚醒する絶対条件 瞑想、座禅から最高の効果を引き出す方法

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瞑想や座禅がうまくいく方法は、己が絶対的な受動性になって、己の感覚、リズムに完全に身を委ねている状況になればいいと前回のブログ(座禅瞑想を最高に効果的にする方法とコツ)で書きました。

しかし、絶対的な受動性は説明されてそれが必要だと理解しても、実際になることはとてもむずかしいことは皆さんも、瞑想、座禅等のキャリアがある人なら身にしみていると思います。
人間は、「瞑想をする」という能動的な意志と思考ある以上、絶対的受動性と相反することになり、そこに矛盾が生じて、心が雑念や焦りやジレンマに支配されるのです。

感覚にすべてを委ねることは最初から無理で、なおさら社会生活を送って理性を使ってしまっている人は困難です。
瞑想に深く入る方法を知識では知っているのに、どうしてもできないジレンマがとても苦しいものです。
私も瞑想や精神世界の知識だけが肥大化していって、にっちもさっちも行かなくなりました。

では、どうしたら絶対的な受け身(感受性オンリー)になれるのでしょうか?
それは、「〜するぞ」「〜になってやる」「〜してやる」という能動的な思考と行動を、徹底的に疲れ果てるまでやることです。

その思考と行動を使い果たすまで、そちらにエネルギーを注入してください。
その時、受け身になろう、感じようということにエネルギーを使わないほうがいいです。
あくまで、自分の意志と力と行動で、究極の瞑想状態の効果を掴み取ってやると、徹底的に能動的に結果を追い求めてください。


自分にできうるすべてをやり尽くして下さい。
そして、もう自分の意志でできることはないと思えるまでエネルギーを使ってください。
どんな努力でもこれ以上先に進めない、疲れてどうしようもなくなるまで。
そこまで追い込んだ先に、奇跡的な体感が待っています。

あなたはその行為の無駄を全身全霊感じ取っているはずです。
これだけエネルギーを注入したのに、何の見返りもないことに気づき、その時初めて、全身の力が抜けて、もうどうでもよくなります。
もうどうにでもなれ、後は野となれ山となれという心境に達した時、絶対的な受動性が出てくるでしょう。


私もその過程を経て、はじめて力が抜ける事の素晴らしさ、感覚に対して絶対的受け身になり、神秘的としか言いようがない究極の瞑想状態に入ったことがありました。
もう私にはやれることがないと思い知ったときから、一気に展望が開けます。
もうやることは一つで、定まっています。
ただ受け入れ、ひたすら受け身に慣れる状態しか、もう残された道はありません。

そこに知恵とか理性での努力は入り込まず、全身全霊感覚に身を任せるしかない理想の状態に入っています。
この時に呼吸法でもいい、座禅でもいい、ヨガのポーズでもいいのでやり続けると、瞑想状態が覚醒していきます。
あなたが覚醒していきます。
天国のような感覚に身も心も包まれます。

努力をしてもその努力が全て水の泡だと悟ることが、無努力で見返りを求めず結果も気にせず、最高の成果をあげられるのです。
先人の達人の誰もが、無駄な努力を経て、究極の瞑想状態へと入り、悟りへとつながっていったのです。

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posted by 寺島サンガ at 09:31 | Comment(0) | 座禅瞑想を極める方法
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